みちのく旅日記(3)

古沢 襄


西和賀の行政や経済、地方政治を支える人達の懇親会は続く。四列に並んで酒を酌み交わした列が崩れて、あちらこちらに車座ができて熱心な会話が夜遅くまで行われた。ふとみると湯田町議の家子勝也さんがいた。チョビ髭もだいぶ様になってきた。

この人の顔をみると「あなたの手打ち蕎麦の味が忘れられない」とつい言ってしまう。そば粉をこねて、つなぎをいれ、麺棒で延ばして、本職さながらに切った蕎麦は、汁(つゆ)も本格的で真似ができない。「明日は”ダッタン蕎麦”を届けますよ」と言ってくれた。それを聞いただけで遙々西和賀にきた甲斐があるというものだ。明日は湯田町の湯川に宿を移して、湯田町教育長になった高橋定信さんを酒の肴にして八人で飲むことにしている。定信さんの息子は東大を出て岩手県庁に勤めているが、もう一人の息子は慶応を出てNHKの技術研究所に入り、テレビの野球放送で投手が投げる”球筋”を点々で表す技術を開発した。いい息子たちを持っている。

ダッタン蕎麦は初めてだったが、ほろ苦い独特の風味がある。蕎麦好きの私は、世界各地の蕎麦栽培の歴史をかなり綿密に調べたことがある。日本各地で作られている蕎麦は、通称「普通ソバ」といわれるもので、他家受精を営む一年生の植物。日本のみならずロシアや中国、ヨーロッパ、アメリカ、カナダでも盛んに栽培されている。

もう一つの栽培種が「ダッタンソバ」といわれるもので、ロシア、中国、ヒマラヤ地方で作られた歴史の古い蕎麦種。別名を「ニガソバ」といって、普通ソバと違って自家受精を営む。一見すると小麦の種実に似ていて、花の色は可憐な淡緑色。中世の頃、ダッタン人がヨーロッパにもたらしたことから「ダッタンソバ」の名がついた。最近は中国産の輸入普通ソバに「ダッタンソバ」が混入されているので、蕎麦通の中には中国産の輸入ソバを選ぶ人もいる。このほか野生の蕎麦もあるのだが、日本には明治時代に中国南部から薬草として輸入された。学名は「シャクチリソバ」、別名の宿根ソバが示すように多年草で、年々株が大きくなり、種子が飛散するので厄介な性質がある。

面白いのはエベレスト街道といわれるチベットの山岳農耕地帯では、標高1500メートル地帯に野生ソバが自生し、2500メートル以下の地帯に普通ソバが栽培されている。ダッタンソバのみが2500メートルから4000メートルの高地で栽培されている。講釈は、このくらいにするが、古来、蕎麦は高血圧を防ぐ薬草だと信じられている。脚気にも効くという。普通ソバが一般的なのだが、これだけ蕎麦屋の名店が増えると逆手をいってほろ苦い風味がある「ダッタンソバ」で名を売る手があるのかもしれない。店の中に「世界のソバ種」のカラー写真を飾り、刷りおろした本物の山葵(わさび)、ほろ苦い地ビールで客を呼ぶのは、どうだろう。(続く)