時計の針を戻せたら◆ テレビ全盛時代の今なら美人キャスターは掃いて捨てるほどいる。しかし、昭和32 年と言えば、女性記者が珍しい頃だった。早稲田大学の第一政経学部を卒業して、毎 日新聞に入ったこの女性は、たちまち仙台のジャーナリストの人気者になった。 ◆ 彼女が同じ昭和7年生まれということもあって、サツ回りが終わると仙台の東一番丁 界隈を記者仲間と連れ立てよく飲み歩いた。記事を書くか、飲むことしかない青春時 代だった。バーの止まり木に座って、あきもせず、議論を交わす毎日だったが、女王 として君臨していた彼女が「富山というところは、学問して世界が広くなった女には 住みづらいとこなのヨ」と珍しく暗い顔をして言ったことがある。 ◆ その時は、たいして気にもとめなかたが、その年の冬がきて、蔵王おろしの風が吹き すさぶ頃、突然、彼女は私たちの前から姿を消した。フルブライトの留学生試験に合 格して、毎日新聞在社のまま米国に一年留学することになったのだ。 ◆ それから一年して、私も東京本社の政治部に転出した。風の噂では、彼女も留学が終 え、大森実氏が率いる外信部で、紅一点の人気者になっていると聞いた。一度、彼女 に会ってみたいと思っているうちに、再び、彼女は私たちの前から姿を消した。 ◆ 米国人の医師と結婚して、海を渡ったという。そして、どういうめぐり合わせか、十 数年前に彼女が「世界が広くなった女には住みづらい」と言った富山県に赴任するこ とになった。時代が変わったせいか、富山の女性たちは、のびのびと自己主張して、 むしろ男性の方が大人しい。もともと米騒動は、富山の女性のエネルギーが、惹き起 こしたものだ。 ◆ この十数年間で、富山県は大きく変わった。今では北陸随一の経済圏として、広域 化、開放化され、かつての閉鎖社会は、姿を消した。今では住み良いところ世論調査 をすると富山県が上位に出てくる。 ◆ ”青い鳥”を求めて、海を渡った彼女は、この変化をどう見るだろうか。時計の針を 戻すことが出来るなら、情熱的な彼女のことだから、今度は富山の土地で、”青い 鳥”探しに熱中するのではないかと・・・ふっと思ったりする。
|