漫画「古事記」の書きおろし

古澤 襄

漫画界の大御所的な存在である杉浦幸雄が、漫画「古事記」の書きおろしに着手し た。最近頂戴した葉書で「なかなかはかどりませんが、出来ましたら(いつのことや ら)謹呈いたします」と伝えてきた。

杉浦幸雄は明治四四年六月生まれ、ことし八六歳の高齢だが、いまでもみずみずしい 若さを失っていない。「古事記」はわが国最古の古典だが、僅か三巻の書でありなが ら、古代日本民族の宗教・哲学・文学・歴史が凝縮されていて、その内容は複雑、多 岐にわたり、読む人によって様々な解釈が生まれる。ギリシャ神話に勝るとも劣らな い伝承文化を我々は持っているのだが、神代日本のおおらかなエロティシズムの世界 が漫画で再現されれば一つの《漫画芸術》として後世に残るものになるに違いない。

天地創成神話の最後に「イザナキノミコト(男神)」と「イザナミノミコト(女 神)」の交わす会話がある。「君の体はどんなふうにできたんだ(汝が身は如何に成 れる)」と男神が問うと「わたしの体はうまくできあがってきたけど、まだ足りない 部分が一カ所あるのよ(吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り)」と女神は答 える。これに対して男神は「自分の体はなり余ってろところが一カ所ある(我が身は 成り成りて成り余れる処一処在り)」と告白する。そして「クミド(寝室)」で契り を結ぶ。なんと大らかで明るい会話ではないか。

女神は幾多の神を生むが、「火の神」を生まれた時に「ミホト(御陰部)」焼かれ て、床につき亡くなる。女神を恋しく思う男神は地底にある死者の国・黄泉国に行 き、現世に戻ってくれと女神に願った。しかしそこで見たのは蛆がわいた女神の死体 と八種の雷神がとぐろを巻く変わり果てた姿だった。逃げ出した男神は黄泉国と現世 国の境を大岩で塞いでしまう。男と女の《愛と憎悪》という永遠のテーマを示す悲し い物語である。

  現世に戻った男神は身を清めてさらに幾多の神を生むが、最後に「アマテラスオオミ カミ(太陽の神)」と「ツクヨミノミコト(月の神)」、「タケハヤスサノオノミコ ト(海の神)」が生まれた。亡き母である女神を慕う海の神は、黄泉国に行きたいと 男神に反抗し、追放されてしまう。姉である太陽の神に別れを告げるため高天原(タ カマガハラ)に登った海の神は、生まれながらの荒々しい仕業が一向に改まらず、そ の所業に怒った姉の神は洞窟(アマノイワヤ)に身を隠したため、この世は闇の世界 になる。

闇の世界から太陽が輝く世界を取り戻すには、洞窟から太陽の神が姿を現して貰うし かない。高天原の神々は岩屋の前に集まり、女神である「アメノウズメノミコト」が 胸乳もあらわに陰部を出して乱舞した。神々はこの踊りを見てどっと笑いはやし、そ の騒ぎにつられて岩戸をそっとあけた太陽の神は、力自慢の「アメノタヂカラオノカ ミ」によって外に連れ出される。そして高天原に光が戻った。女陰を露出する行為は 現代では風紀を乱すこととして指弾されるが、古代社会では性に象徴される新しい生 命力のよみがえりを祈念する荘厳な行事であった。

杉浦幸雄は女性を主役にした風俗漫画では日本の第一人者と言えよう。昭和三一年に 「戦後発表された一連の風俗漫画」で文藝春秋漫画賞を受賞し、昭和五一年に日本漫 画家協会理事長、昭和六〇年には名誉会長に選ばれた。「ロダンもピカソも、天才の 目指す芸術の極致はエロティシズム」と言い切って憚らない杉浦幸雄は、心からの 《女人礼賛》論者でもある。「アトミックおぼん」「東京チャキチャキ娘」「淑女の 見本」など女性を主役にしたヒット作のほかにナンセンス漫画とは一味違う「軽風流 白書」「風流いろは草紙」を手掛けた。昭和五九年には作品集「昭和マンガ風俗史」 (文藝春秋)、平成七年には自叙伝的エッセイ集「わが漫画人生 一寸先は光」(東 京新聞出版局)を発表している。

目指すは九〇歳近くまで生きて、精力的に制作活動を続けた漫画家の元祖ともいうべ き浮世絵師の葛飾北斎と言う杉浦幸雄がライフワークとして漫画「古事記」の書きお ろしに取り組んだ情熱と意欲には心から敬意を払いたい。完結が待たれる。