古書の値段

古澤 襄

このところ古書が静かなブームを呼んでいる。昨年、東京・新宿の伊勢丹で第50回 大古本市が催されたが、空前の盛況で、ほとんどの本が一点限りだったため、抽選を しなくてはならなかった。日をおかずに催された小田急デパートの古書市も盛況で、 不況のあおりを受けた他の売場が閑散としていたのに比較して目立つ人出となった。 売場で目立つのは若い女性の顧客が半数を占めたことだ。

私のように「もの書き」の世界に沈殿している者にとって、やはり手元に必要な書籍 や資料が欲しくなる。図書館に行けばよいではないかと言われそうだが、締め切り日 に追われている身にとって、往復四時間の時間をかけて図書館に通うのは,時間のロ スが大きく苦痛となる。

だから閑をみては百年の歴史を超えた東京・神田の古書店街に通い、歴史、文学、美 術,宗教などの専門店に分化した店で古書を探すことになる。学術書となると本郷の 古書店にまで足をのばすこともある。

その古書業界に革命が起こっている。インターネットを使った古書販売という新しい 販売の手段が急速に広がり、わざわざ神田の古書店街に足を運ばなくても、書斎から 必要な本を注文できるようになった。北は札幌から南は九州各地の古書店まで、約五 百店がインターネットの古書目録を表示し、顧客は古書ナンバーをインターネットで 指定すれば数日でその本を送ってくる。

面白いのは秘蔵している蔵書の価格を古書目録で知ることが出来ることだ。私は武田 麟太郎の作品の初版本をほぼ全冊愛蔵しているが、「反逆の呂律(昭和五年)」が五 千円、「市井談義(昭和五年)」が六千円の高値を呼んで貴重本となっている。没後 五十年の太宰治の初版本となると「千代女(昭和十六年)」が三万円、「晩年(昭和 十六年)」が二万五千円、「津軽(昭和十九年)」が三万五千円,さらに美貌の女流 作家だった矢田津世子の「神楽坂(昭和十一年)」の初版本は何と五万八千円の高値 で取引されている。

さらに興味があるのは、往事ベストセラーだった古書に高値がつかず、あまり関心を 呼んでいないことだ。自費出版の限定本ほど貴重本として後世の評価が高い。人の世 の人気のはかなさを古書は伝えている。

静かなブームを呼んでいる古書業界だが、一皮めくると老舗の神田の古書店は何十万 冊という古書の在庫で苦しむ皮肉な現象が生まれている。バブル時代の半値になった とう言え,東京の地価は地方に比較してまだまだ高い。高い地価のところで古書の在 庫をかかえると経済の原則から言えば,地価分を上乗せした古書の値段をつけないと 割があわない。しかしインターネットの普及によって同じ本が地方でさらに安く購入 できる時代になったから神田だけ値上げするわけにはいかない。このままでは地価の コストプッシュで老舗が倒産する時代になると予想する人もいる。

それなら地方都市の古書店が繁栄してもよさそうなものだが、現実にはそうはなって いない。東京・大阪など人口が集中している大都市では急激な勢いでインターネット が普及したが、地方都市では遅れている。静かなブームが爆発的なブームの化けるた めには、地方都市のインターネットの普及が一つの決め手になると言えそうである。

地方では小子化と過疎の影響で廃校が続出している。この古い校舎を利用して古書を 在庫管理し,古書の在庫を一目して検索できるシステムを確立すれば、インターネッ トをフルに活用した新しい「地方の神田古書店街」が誕生することも夢であるまい。 地方の時代というのは案外身近なところから積み重ねをして大きな流れを作ることで はなかろうか。