みずき野犬族
◆ 家庭犬として、人気の高いシェルテイが、柴犬のつぎに多数派だが、同じシェルテイでも種類が様々だ。ひときわ目立つのは”ジョン”。大型のシェルテイで、コリーと見間違えるくらいの体高があり、ホワイトと灰色が混じったおとなしい犬で気品がある。どういうわけか、チロはシェルテイの犬種とは仲が良くないが、ジョンだけは別。チロはもともと大型犬が好みらしく、シベリアンハスキーが繋がれている家の前に来ると動かなくなる。ところが、バロンは小型犬となると目がなくて、何とか気に入って貰おうと苦心惨憺。母子で好みが違うのだが、ジョンだけは好みが一致するらしい。
◆ 犬族が花盛りのこの街だが、そんな街の空気を悪用して、捨て犬をしていく不心得者も跡を絶たない。白のメス犬・ハナチャンのご主人は立教大学から予備学生になった元海軍さんだが、ある日、目を覚ましたら、黒と茶の犬が家の前に捨てられていた。ご夫婦で犬好きなので、その日のうちに、フーチャンと名前を付けられて、ハナチャンと一緒に育てられた。野良犬時代によほど苦労をしたのだろう、ハナチャンの人懐こさに較べて、人見知りの癖が抜けないが、フーチャンが体調をこわすとご主人が大切そうにフーチャンを抱いて運動場に連れてくる。
◆ いつの頃からか、人間は犬を愛玩犬や猟犬、牧羊犬とか使役犬と区別して、その種別に適した犬種を長い期間をかけて作りだした。コーギー犬は羊を管理させるように短足で敏捷な犬種に改良され、おまけに羊に踏まれないように尾を短くし、さらに断尾までされた。この種を維持するために、純血種が守られた。実力で生き残る世界から、人間にとって都合の良い改良犬が主流となる世界になったわけである。だから時々、人工的でないハッとするような自然児の雑種に出会うことがある。
◆ もっとも最近は、犬の放し飼いが規制され、雑種のリーダー犬が自由に交配し、優れた子孫を残す余地が少なくなった。戦前の日本なら一般の家庭に飼われている犬は、ほとんどが雑種だったと言っても良い。家の者が食べたあとの”残りご飯”にお味噌汁をかけたものが、犬のエサと相場が決まっていた。純血種の高級犬とは、お金持ちの飼い犬のことと思われていた。戦後は空前のペット・ブームとなり、流行犬を追う業者が、目先のカネのため、無理な近親交配をして、人気の犬を大量生産する時代となった。そのメカニズムから、生まれた欠陥犬よりも、雑種の犬の方が遙かに優れているのに、最近は、その姿をあまり見ることが、出来なくなったのは、侘びしい思いがする。 ◆ このような犬事情は、日本だけの特殊な現象ではない。むしろ米国のやり方をそのまま直輸入してきたと言える。効率主義の米国では、美しい犬を短期間に作るために親子や兄弟の間での近親交配が盛んに行われ、量産された犬が市場に出回っている。このやり方は、美しい良い犬が生まれる一方で、欠陥を持った犬も生まれてしまう。人気犬種のシェルテイは「むだ吠えをする神経質な犬」という評判で、声帯除去手術が一番多い犬となってしまったが、もともとが利口でお行儀のいい従順な犬である。
◆ 欠陥犬を生産する犬業者だけを責めるのも片手落ちの気がする。シベリアンハスキーが人気犬種になると争って買い求める国民性の方が問題なのだろう。流行が下火になるとシベリアンハスキーは、無芸な頭が悪い犬だと一転して顧みられない。値段も値崩れして、一時の人気が嘘のような現状である。しかし、子犬の時は、少しいたずら者だが、その可愛さは比類をみない。成犬になると力が強く、大型犬なので、つい犬舎に繋ぎ放しになるケースが多くなる。一時の流行につられるのではなく、心からシベリアンハスキーが好きになれば、成犬になっても、運動量の多いこの犬と付き合う気持ちが必要だ。そうすればこの犬は、持ち前の明るい性格と人なつこさで、飼い主の期待に応えてくれる。 ◆ 犬は人をみて育っている。子犬の時には猫可愛がりされて、成犬になるとほうり放しになったら、犬でなくてもスネたり、逆らったりしたくなる。ましてや捨てられたら、その恨みは一生消えない。犬には命があり、感情があることを忘れてはならない。
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