風の詩人◆ この間、私の物事を見るまなざしは、少しずつ変わっていった。私の年月の積み重ね の中で、人間の多面性や、物事の表裏、見えざる一面にも思いが到るようになった。 しかし、それを文章として表わせたか、これもまた、自信がない。 ◆ 私の今の微温的生活からすれば、激しい時代を生きた父。しかし父娘として日常の中 でむかいあった時、父が自分の前半生を語ることは全くなかった。私も、父の生きた 時間に思いを馳せることはしなかった。 ◆ 父がこの世にいなくなって、共に過ごした日々への郷愁とともに、人の生命の時間の かけがいのなさを切実に思うようになった。父の暦を辿ってみたいと思いはじめたの もその頃からであった。それはまた、我が生への想いでもあった。父のことを書くこ とは、私自身の生を照射することであった。 ◆ その間、父と同時代を生きた人達も次々と鬼籍に入った。取材に応じてくれた父の中 学時代の同級生関井仁氏、アナ・ボル論争の論敵小野十三郎氏、プロレタリア文学運 動にともに係わった山田清三郎氏、佐々木孝丸氏、なめくじ横町時代からずっと親交 を保った尾崎一雄氏、また中谷孝雄氏、「人民文庫」時代の田宮虎彦氏、古我菊治 氏、石光葆氏、「文芸復興」同人の人達、そして「文芸復興」主宰の落合茂氏。
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母の死は不意打ちであった。父のことを書いて欲しいと乞い、上梓を心待ちにしてい
た母。 ◆ なお、この作品の中に、父の詩や文を多く引用した。文学全集等に収録されている父 の詩は、プロパガンダ的なプロレタリア詩が殆どで、父の詩の本質を伝えるもの、良 いものが知られていないのではないかよいう娘の思いからである。
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