ふるさと喪失に思う二十八歳で上京したから、田舎と都会暮らしがほぼ半々になろうとしている。老後の 心配が胸をよぎるようになった。
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郷里の村で宅地用地の分譲を始めると聞いたので、村の友人にようすを訊いてみた。
◆ 予想はしていたが、友人の言葉はショックだった。村で暮すには、車が無ければ一日 も過ごせないとも言われた。私は運転が出来ないし車が嫌いだ。これでは町場以外に 住めそうもない。と言って、コンクリート長屋で晩年を送るのも侘びしすぎる。 ◆ 私が暮す江東区では、新都市計画とやらで、すぐ近くに高層ビル群が建つそうであ る。日常生活にどんな影響が出るのか見当もつかない。どちらを向いても溜息の出る 話ばかり。人間らしく生きるにはどこへ行けばいいのか。私の心の中で”ふるさと” という言葉が、行き場を失くして悲鳴をあげている。 ◆ 都会へ出て来た人間にとって、郷里は心のよりどころである。私は上京以来、文学に 関わるという形で、ずっと「農村」にこだわり続けてきた。思考の根っこはいつもム ラにあった。 ◆ 私が郷里に帰るのは、年に一、二度それも所用のための慌ただしい訪れである。その たびに肌身で感じる農村問題に一喜一憂し、時には失望のあまり、ふるさとは、遠き にありて想うもの・・・と、いう心境になったこともある。ここ一、二年はとくに状 況がきびしくて、思い入れや同情なんか、現実の前ではおこがましとさえ感じられ た。
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私の郷里の村も過疎化と高齢化の中で、必死に生き残りの途を求めてきた。 ◆ 新聞の特集記事の中に、「野菜畑はビルの中」という話が載った。二十一世紀の想像 図だが、すでに試験販売が始まっているという。市場経済の一部門となった農業は、 ハイテク企業の思いのまま・・・。 ◆ 農村が消えれば都市も変質する。世界経済の圧力で構造転換を迫られた東京は、巨大 な国際情報都市となり、下町は消えてビルの林立するSFの世界・・・。 ◆ 笑いごとではない。日常のこの息苦しさは、まさに事態が進行しつつある証ではない か。「ふるさと」が死語になる日の来ないことを願うのみである。
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