早すぎる世相の流れ 連載を終えて◆ 去年の五月に連載が始まったころ、私の脳裏にはまだ結末の具体案は浮かんでいな かった。テーマみ沿った大筋だけで書き出しながら、設定した主人公たちがいきいき と動き出すのを楽しみに待っていた。 ◆ 都市と農村を舞台に、そこで暮らす家族のありようから、新しい生き方を追求すると いうテーマは、予想以上に厄介なものだった。私は今まで、自分が農家に生まれ育っ て、二十七歳まで村で暮らしたという体験だけを頼りに、幾つかの農村小説を書いて きた。 ◆ 今度はそれに、二十余年になる東京暮らしをダブらせて、家族の愛憎ドラマを描こう としていた。テーマの背景には日々に厳しくなる農村問題があり、地価高騰で生活に 夢をなくした都市生活者の問題がある。その現実に絡めとられた人間たちを、どれだ けリアルに描き出せるか、自信はなかった。 ◆ 私は郷里にあるブドウ生産地へ取材に出かけ、友人、知人、肉親などから農村と農業 のさまざまな実態を、じっくり聞き出した。その結果、ブドウ作り農家の主婦、牧原 志津代・五十七歳という主人公が、私の意中で誕生した。彼女は世代的に私の分身で ある。 ◆ 戦後の二十年代に青春を送り、嫁しては旧い意識としょうとめに仕え、夫や子供を大 切にして、骨身惜しまず働いた。真面目でひたむきに生きる姿勢は、日本の農婦の一 つの典型といえる。私も村で結婚していたら、同じ道をたどっただろう。 ◆ そんな思い入れで私は、志津代に幾つかの重荷を背負わせた。運命ともいえる初恋の 男との過去、長男出生の秘密・・・。夫の病気や子供たちのさまざまな問題は世間並 み名女の苦労だが、人は自分の傷みで他人の苦痛がわかるもの。私は志津代に、しん の強さと心の深さとやさしさを求めた。 ◆ その志津代を中心にして、千春、雅人、直樹の子供らが、それぞれの生き方で絡み合 う。核家族化によって孤立した本多八重は、「よってたかって、百姓を喰えなくしや がって・・・おれは、ボケてなんかいねえぞ!」と叫ぶ。彼女を死へと追いつめなが ら、私は何度も涙をにじませた。 ◆ 家族の問題は、つきつめれば男と女の世界になる。離婚、不倫、女の自立と、テレビ ドラマの種にこと欠かない。東京のデパートに勤める雅人が、日常の息苦しさからつ い浮気して、身の破滅を招くいきさつは、現代のサラリーマンなら嗤えないだろう。 ◆ 志村苑子の、おかめと般若の二面性は、女のだれでもが本性の底に潜ませているので はないか。島崎めぐみの、さわやかなかわいさの裏にも、夜叉の面が張りついてい る。 ◆ 小説というものを、こんなふうに読んでもらえると作者はうれしいのである。連載 十ヶ月の間に、主人公たちはそれぞれ自分の結末にたどりついたわけだが、新しい生 き方になったかどうかはわからない。 ◆ 季節や社会情勢に合わせ、同時進行のつもりで書いてきて、つくづく感じたのは、世 相の移ろいの早さである。海外や国内事情、経済や農業問題・・・どれもろくに考え るヒマもなく超スピードで過ぎていく。私たちはその波間で、モノとカネにおぼれか けているのではないか。小説として、この現実をどれだけえぐれたのか、と書きなが ら悩んだ。 ◆ 幸いにも何人かの女性読者から、共感や励ましのお便りをいただいた。直接電話を下 さった方もいて、随分気持ちが楽になりうれしかった。そして、忙しい時間をさい て、活字に親しもうとされる熱意に打たれた。 ◆ どんな人生でも、たどりついた先に新たな明日があることを、一編の小説の中に読み 取ってもらえたら作者みょうりにつきる。ご愛読下さった皆様と、新聞関係者の方に 心からお礼申し上げたい。
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