ウバメガシ幻想◆ 作品の要所にその植物の名前が表れるたびに、読者の脳裏に主人公の暗 い心理状態を強く印象づけ、臨場感を醸し出す効果を上げていると私は 感じている。 ◆ 小説『足摺岬』で、そんな重要な役を担っているのが、知多半島に暮ら す我々にも身近なウバメガシ(姥目樫)です。小説のなかでは田宮虎彦氏 は馬目樫(うまめがし)という地方名を使用している。馬目樫という特異 な字面と、響きが効果的に主人公を際立たせている。たつた30数ページ の掌編のなかに、雨と抱き合わせで、スポット的に7度も登場し効果を盛 り上げている。
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その部分を列挙してみる。
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(ハ)・・・二里近くあるいたようにも思う。雨にあらわれた白い県道が
馬目樫の林をぬい、たぶや榕樹のかげを曲折しながらのぼり坂になった。
人一人会わなかった。・中略・不意に、暗い雨雲におおいつくされた怒
涛のはてしないつらなりが、私の目の前にくろぐろと・・・
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(ヘ)・・・夜がふけてくると、大粒の雨がポッポツとのきをうちはじめ、
うら山の馬目樫の林をならしてふきすぎていく風のうなりがごうごうと
もののけのようにきこえはじめた。お内儀も八重もすでに寝部屋にはい
っていた。茶の間には遍路と私しかいなかつた。・・・
田宮虎彦の世界◆ 以上が、馬目樫ことウバメカシの登場する7場面の紹介です。小説『足摺 岬』を読んでいない方にはなんのことか、ピントこないかもしれませんの で粗筋を簡単に紹介します。 ◆ 主人公は(23歳、大学2年)母の死、父との確執(実際作者の田宮虎彦氏は憎 しみあうばかりに、父との関係はこじれていた)、病弱、貧乏などの理由 をあげ自殺を考える。全ての持ち物を叩き売って、死に場所に選んだのは 四国、高知の足摺岬で、季節は梅雨であった。誰かに聞いた数十丈の断崖 の下にさかまく怒涛が白いしぶきをあげてうちよせ、投身者の姿を二度と 海面にみせぬという言葉に示唆された、死に場所の設定であった。 ◆ 主人公は、足摺岬の九州側の付け根に位置する清水港(現在の土佐清水市) の諸国商人定宿清水屋に投宿する。その宿には常連の年老いた遍路(朴沢 健二郎・戊辰戦争で敗れた旧藩士)と行商の薬売りが長逗留し、お内儀(お ちせ・37,8歳・夫の伊之は3年前鰹漁にでかけ行方不明)と娘の八重(17歳ご ろ)と弟の竜喜の三人世帯だった。 ◆ 主人公は(学生さん)連日の降雨に宿でうじうじ時を費やしているが、一週 間も過ぎたころ死に場所を求め雨の中を足摺岬の先端に向かう。しかし、 一週間余の逗留の間に死という滓は少しばかり希釈されつつあり、岬直下 の怒涛が逆巻く海の怒りを眼前にして主人公は、思わず立ちすくみ、その ぬれそぼった身体を力なくあとずさりする(死に向かう場面はロ、ハの部 分)。言い換えれば岬は死から生への転換の場所であった。ずぶ濡れで血の 気もなく宿にもどった主人公に、お内儀、薬売り、老遍路のてきぱきとし た生を促す介抱がされる。しかし、主人公は肋膜を病んでしまうが、薬売 りの妙薬、老遍路の励まし、お内儀、八重の手厚い看病で快復する。この 間主人公と八重との温かい交流も重ねられ愛情へと発展し、主人公も生き る張りを見出します(ニ、ホ、ヘ)。
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病が癒え東京に戻った主人公は、定職を獲得後の3年後に清水屋を再び訪ね、
八重を伴侶として東京に連れ帰る。
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八重の弟の竜喜は二十歳をこえ、戦争中は特攻隊員であった。終章は生き
残った特攻隊員の竜喜が雨の中、酔って叫んでいる独白を、主人公が清水
家の部屋の中で聞いているところで終わっている。 ◆ 単純陽気な私は、何処かに逃げ道というか、光明を見出したいのですが、 作者は妥協せず、ドキュメンタリーのように、事実をたんたんと記録して いるがごとく筆を進めているように感じる。
「陽」の樹木で「陰」を予兆◆ 小説家は奇と策をめぐらし、読者をその世界へひきこもうとするものだが、 足摺岬に足を踏み入れず『足摺岬』を書いた田宮虎彦氏(1911年東京生・ 1933年東京帝国大学文学部国文科入学前の殆どを神戸で過ごすが、一時母 方の祖父の家、現高知県野市町や姫路、下関で暮らしたことも)はどのよ うな計算でこの馬目樫という植物名を使ったのであろうか、興味がわくと ころである。 ◆ 照葉樹林を構成する植物のひとつであるウバメガシの葉は日に当たると光沢 が美しく、「陽」を感じさせる樹木である。その樹木名を「陰」を予兆させ る小説中に多用するとはと、考えていたら田宮氏の仕掛けが分かった。ウバ メガシは植物図鑑によると地方名としてイヌガシ、クロガシ、イマメガシ, ウマメガシなど呼ばれている。そのなかで特にウマメガシという名前を選択 したことは、作者の戦略であろうか。植物名としては違和感をもつ、馬目と いう当て漢字は意表をつき、またウマメという響きも強く読者に印象付ける 効果がある。
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しかし、ウバメガシには「陽」という印象もあるが、その部分もきちんと計
算されクリヤーされていた。それは馬目樫という言葉は必ず雨とセットで使
われていたことであった。 ◆ 青い雨がふりしきっていた」と語る場面があるが、この場合の青は死への連 想につながる。もしも、青い色は死への予兆を示唆する意味と作者が規定す るならば、馬目樫もその同類となる。となると最初から終章まで、おおよそ 均等間隔に7度も登場する馬目樫に差配されるこの小説は、死を最大のテーマ とした小説としてとらえる余地もある。
羽豆岬のウバメガシ群落◆ 知多半島の先端、師崎港の背稜部が羽豆岬である。岬の高みには羽豆神社が 鎮座し、神社を囲繞するように見事なウバメガシの群落がある。この羽豆神 社の社叢は国の天然記念物となっている。伊勢湾台風で壊滅的打撃を受けた と聞いているが、40年余という時を経て、樹勢は増し見事に復活の過程にあ るようだ。相羽福松氏の『知多半島の植物たち』によるとウバメガシの特徴 として、「ウバメガシは暖地の海岸で風が強く当たり、しかも、母岩が露出 しているような崖地に群生し、天然林を作る。年平均気温15度、冬季の平均 が4度の温暖な環境に適し、それより暑くても寒くても生育しないといわれて いる。三浦半島を東限として西方に分布しているが、ここ羽豆岬をはじめ知 多半島南部は典型的な場所である」とある。 ◆ この地をはじめて訪れたのは18年ほど前だったろうか、社叢に生育する植物 の観察会だったように記憶している。ネイチャーズフォトを志向する私は、 いたくこのウバメガシの林が気に入ってしまった。伊勢湾の海の色とウバメ ガシの濃い緑とのコントラスは実にみごとに調和しており、心を穏やかにす る明るい景色には魅了され、いままでにウバメガシの撮影のために6回ほど訪 れている。
四国はどこに行きたいの◆ 1988年4月9日、田宮虎彦氏は自ら自分の人生を閉じた。直後、生前の田宮虎彦 氏と交流があった、知多市在住の舘正蔵氏が知多市の図書館にて追悼展を企画 した。長年にわたる交流を如実に示すものとして、数多くの書簡、色紙、著作 本、雑誌など潤沢な資料で、作家田宮虎彦氏を回顧し、追悼された。私も期間 中2度訪れるなかで、田宮氏の著作を再読する機会を得た。『落城』『絵本』と 読み次ぎ、『足摺岬』に読みすすむ中で、馬目樫という特異な字面の植物名の 用法について気になり、こだわった顛末が1、2、3章となった。 ◆ 小説『足摺岬』のなかのウバメガシ(馬目樫)をいつも頭も片隅におき、羽豆岬 のウバメガシの林に思いをはせると、いつか足摺岬のウバメガシを眼にしたい という思いがつのり数年間チャンスをうかがっていた。図らずも一昨年(2000年) 病魔に冒されてしまった。病気は軽い脳血栓だった。体を厭わない運動や、ス トレス、過労等諸々の要因の蓄積かと思ったが後の祭りで、2週間で退院したな と思ったら再発してしまった。そんなこんなで、落ち込んでいる私に声をかけて くれたのが山仲間の小野氏だった。 ◆ 退院から6ケ月たっていた。「菊池さんどこか行きたいところある、どこでも連れ てゆくよ・・」。「四国か?・・」。「四国はどこに行きたいの」。ということ で、昨年(2001年)5月、5泊6日の足摺岬行きは実現した。まだ頭もボーッとして おり、右手右足に一部痺れもあったが、これを千載一遇の機会と思い小野氏にた くした。高知では私の山仲間3氏(新井、山川、宮地)がてぐすねをひいて待っ ていてくれた。スケジュールは私の希望がかなった。以下時系列順に記してみる。 (1)剣山登山(30分で頂上へ。一番楽な100名山だった)。(2)別子鉱山跡(愛媛、高 山の鉱山を長年調査している私としては是非行ってみたい鉱山だった。)、(3)高 知の登山家が集うという居酒屋(「安曇野」、元クライマーというお姉さん経営)。 (4)高知県立牧野植物園(ここの書庫を訪ねるのが目的だった、ここでは植物園の 会員である宮地さんのお陰で便宜を頂き、半日かけて資料を探した)。(5)高知 県立坂本竜馬記念館。幡多郷土資料館(中村市・大逆事件で処刑された高徳秋水 の展示コーナーがある)。(6)幸徳秋水の墓。
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ここで四万十川を越え、海岸線に沿った路に出た。太平洋に象の鼻のように突き
でた足摺岬を指呼のあいだにとらえた時は、ついオクターブが上がってしまった。
長年みたいと思っていた景色だった。遠目からも緑が濃かった。 ◆ 1.スイカズラ。2.ヤブラン。3.クワズイモ。4.ハマボウフウ。5.ヤマアイ。6. ネズミモチ。7.ツユクサ。8.ツワブキ。9.ハマアザミ。10.ハマカンゾウ。11. アシズリノジギク。12.ウバメガシ。13.オオイタビ。14.ツヅラフジ。15.ハ マヒサカキ。16.トベラ。17.ビンロウジュ。18.ヤブツバキ。19.フウトウカ ズラ。20.マサキ。21.ホルトノキ。22.ササ。 ◆ 展望台にでて振り返ると、照葉樹林の頭の部分が、モコモコと巨大な緑の波のよ うに岬じゅうに広がり連なっていた。その中にはウバメガシの特徴ある葉もみと めた。そしてその波を突きぬけ金剛福寺の屋根が聳えていた。眼を眼下の海原に 転ずると、崖にへばりついてる植物があった。青々としたウバメガシだった。そ の風情は、凛とし厳しい潮風を楽しんでいるかのように見えた。 ◆ ウバメガシはやはり陽の木であった。言い換えれば強く、明るいとの印象を持つ 木であつた。死と無縁の木であつた。足摺岬のウバメガシをみているうちに、 10年余のこだわりが氷解し、痺れた足も軽くなったような気がした。 ◆ その後、岬巡りに足をすすめると、1980年(昭和55年3月)に建てられた田宮虎彦 氏の文学碑の前にでた。氏は同年の6月に訪れたという。私は、そのどっしりと した重量感ある文学碑に、田宮虎彦氏の本質に触れたような心持になり、遍路さ んの鈴の音をかすかに聞きながら、黙祷をささげた。田宮虎彦研究会員
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