私の生前契約

松元 眞

「たしか、ご葬儀は、なさらないというご希望でしたね」
アドバイザーと称する女性は念押しをし、私の前に「見積書」を差し出した。
一、諸手続き・ 死亡診断書、死亡届、埋火 葬許可証、関係者への連絡など 五万円
一、遺体の保存および移送・納棺料[柩は桐八]、花代など十万円ドライアイ ス二日分一万八千円 移送料[病院ーご自宅}一万六千円[ご自宅ー火葬場}一 万九千円
注 使用車はバン型霊柩車。さらに、遺骨の移送料、施行管理料、火葬料と続 き、消費税、予備費などを加え、総計四十九万五千円。

「バン型って、どんな霊柩車ですか」
「宅急便などによく使われている車種ですけど。小ぶりの・・・・。もちろん 普通の霊柩車のような装飾などはついていません」
私の希望は、肉親と親戚による密葬だけにする、という趣旨であった。もちろ ん妻も同意見である。普通の霊柩車など使わなくてもいいと、のっけから女性 に伝えてあった。

「ランクを上げることは出来ますよ。とりあえずご希望どおり、一番シンプル なセットメニューにしてあるだけのことですから」
殺風景なLISSシステム事務室。JR巣鴨駅で下車、飲食店街を抜けた。風 俗営業の店は、まだ眠っていた。午後二時。かって十年以上も住んだ町である。 勝手知った土地勘を頼りに近道を選ぶと、十分ほどで「染井霊園」にいきつい た。墓地に寄り添うように、LISSシステムの事務所はあった。敷地内には、 墓地を持たない会員のため、永代供養合祀墓「飛天の塚」もあった。

LISSとは、「リビング・サポート・サービス」の略。自分の葬儀の有無を 含め、そのやり方について生前契約さえしておけば、死後、一切の面倒を請け 負ってくれる民間団体である。病院と直結している葬儀屋の介入を避けること が出来、なにより、遺族が煩わしい雑事から解放される。私は一週間前、入会 金三万円を納め、葬式をしない場合の、いわば最低規模の見積りを依頼してい たのであった。四月末、連休前のことである。

三月中旬、心当たりのない女名前の手紙が届いた。差出人の署名もワープロで ある。新手のダイレクトメールかと思いこんだ私は、半日ほど机の上に放置し ていた。
      挨拶状
         私儀 かねて入院療養中のところ、永眠に至りました。故人の意思により近親 者のみにて葬儀を相済ませました。ここにご報告申し上げますと共に、生前ご 芳情を賜わりましたことに厚くお礼申し上げます。とあり、一枚の便箋が同封 されていた。

「(略)なお本状は亡くなる三日前、本人が病床にて力をふり絞り書き遺した ものです。その折の心情を、おくみとりいただけますよう、そのまま使用させ ていただきました。」 差出人は、Oさんの奥さんであった。もはや四十九日 も済んでいる。Oさんは、父の友人であった。企業数社の社史編纂などを生活 の資に当てながら、同人雑誌に、毎号小説を書いてきた。自費出版の著作もあ り、私に送られた本だけでも五冊はある。年齢は父より若い。三十数年来、年 賀状のやりとりが続いていたが、今年、初めて途切れていた。私は、Oさんの 奥さんに面識がなかった。電話をすれば、固辞されるにきまっている。私は、 黙って押しかけることにした。京成本線青砥駅から歩いて十分。古い二階建て の家だった。 幸い、奥さんは私の名前を聞き識っていた。書斎からはみだし た書籍が、廊下と階段に積み上げられていた。古い雑誌類も多く、すえた空気 に、線香の匂いが混ざり合っていた。 焼香を済ませるや、奥さんはOさんの 愛飲したという福島の吟醸酒を取り出した。「私もやりますから」といい、電 話で寿司を注文。江戸切子のぐいのみを二つ置いた。Oさんは享年八十二才と 分かったが、奥さんは六十そこそこにしか見えない。断髪、白髪には光沢があ った。出前が届く頃には、かすかな酔いに、私は初対面であることを忘れてい た。

「あの人、シャイでしたね。葬式はするな。年寄りには迷惑なだけだ。第一、 人が来なかったらどうする。淋しいじゃないか。この年になって、みっともな い真似だけはしたくない。口ぐせでした」
西日が斜めに射しこみ、居間はまだ明るかったが、奥さんの饒舌には勢いが加 わった。「それがね、いざ葬式を出さないことにしたら、親戚じゅう、よって たかって、ボロクソでしたよ。あの人の友達にも結構生き残りがいてね、やれ 冷たいの、薄情だのって」
「故人の意思により葬儀なし、という新聞記事をよくみかけるけど、有名人に は認められても、一般人の世界じゃ通用しないのよね」 四月で私は六十八才。 今年すでに、知らされた訃報は十一回に及んでいる。同年配が五人、先輩が六 人。うち「葬式せず」が、Oさんを含めて二人になる。たとえ葬式は営まれて も、十分に用意された会葬者席に、私のほか二人しか出席していなかったこと がある。出版社時代世話になった編集長、享年八十六才だった。喪主は、たっ た一人で最期を看取った六十才の娘さんだった。さすがに私は、喪主への言葉 も憚られ、遠くからの会釈にとどめて、霊柩車を見送った。一月末だった。  今年に入って、出席した葬式は九回に達している。組織を離れて以来、年年、 一人ずつ過去とのつながりを消してきた。他人の迷惑は避けたい、惨めな葬儀 もご免、そのうえ、死後、妻が中傷など受けぬよう、心許した友人に遺言書を 託す必要もある。改めてOさんの「挨拶状」が、胸にこたえた。帰途、町田の 自宅まで、私はタクシーの座席に身を沈めた。

「あとは、契約の締結をし、公正証書つきの遺言書をお作りすれば万全です。 もちろん契約後でも、メニューの変更は出来ますよ」
アドバイザーの女性は私の顔色を窺った。私は私で、一瞬、遺言書を預けるべ き友人の顔貌を、一人ずつ思い描いていた。

「今日は、運よく、会員の例会の日です。ご主人がホスピスに入っておられる 方の、貴重な体験をおききします。いい機会ですからどうぞ。三時からです」

例会の存在など知らなかった。気乗りはしなかったが、女性の手招きに誘われ て会議室に座った。すでに六人が着席していた。七十才前後の夫婦が一組、あ との四人はすべて六十台の女性、男一人は私だけだった。無言。「定刻ですが、 お話して下さる方がまだ到着なさいません。もう少しお待ち下さい」
どうやら私と話合っていた女性が進行役らしい。二十分も経ったろうか、彼女 が入ってきた。今電話があり、ご主人の容態が急変された由で、出席できなく なった旨報告する。「代わりに、先日お見舞いに伺った私が、ホスピスの状況 をお話致します」

やや拍子抜けした会員から、LISSの会員なら優先して入院出来るのか、と 詰め寄る人も出てきた。
「ホスピスに入るには、主治医の推薦が必要です。ホスピス側にも審査委員会 があり、精神的に適しているかどうか検討します。残念ながら、LISSシス テムの力は及びません」 全員から、溜息が流れる。重い沈黙が、会議室全体 を包んだ。沈黙を破ったのは、また、くだんの女性であった。

「皆さん、お願いがございます。昨日、会員のお一人がお亡くなりになりまし た。先ほど二階の簡易斎場で葬儀は終わりました。今から火葬場へ向かいます が、皆さんでお見送りしていただきたいのです」
そんな話、きいたことない。私は言葉をのみこみ、周囲を見回した。自分の死 は知らせない、鎮魂もいらない。そのために、会員になったというのに、見ず 知らずの柩になぜ合掌するのか。私の中で、かたくなに、あらがうものがあっ た。しかし全員、素直に外へ出ていく。私一人、酷薄な人間に思われはしない か、私は気弱に席を立つしかなかった。

戸外では折しも、白いバン型の移送車に柩が運びこまれた。車体には、「LI SSシステム」の文字が鮮やかなブルーで躍っていた。
「合掌」
女性アドバイザーが促す。型通りに掌を合わせる。例会の開催時刻に合わせて の出棺、偶然とはいえ、余りにも出来過ぎていた。

「お見送り、ありがとうございました。会員同士の連帯感、これこそがなによ りの供養です。この私たちの絆を大切にしましょう」
突然、会の代表と名乗る男が、慇懃に頭を下げた。私には、絆という言葉が疎 ましく、半ば反射的に、男から目を逸らした。

それにしても、柩を乗せて走り去った車の白さが、網膜から消えない。レジャ ーにでも行くような軽やかさが残った。読経よりは口笛がよく似合う。明るす ぎる。黒とはいわぬが、せめてもう少し、ふさわしい色はなかったのか。
「葬儀せず」と割り切りながら、契約を目前にして、いまさら車の色などにこ だわっている私自身に、正直、うろたえた。

「もう一度出直します。車の種類についてももう少し考えてみます」
私はひそかに苦笑したが、自分の逡巡は見透かされまいと、極力無表情を装っ た。
「しかし」
                「・・・・・・」
「今後、例会には出席しません。私はただ、事務的な処理だけを頼みに来た んですから」 私は、いささか気色ばんでいたかも知れない。女性の反応は 鈍かった。いたたまれなくなった私は、巣鴨駅に向け、夕闇の墓地を足速や に抜ける。真新しい卒塔婆がやたらと目についた。駅裏にひしめくソープラ ンドの客引きが、いつになく執拗に感じられた。私は、男の一人を小突いた。 (一九九八年七月)