私の生前契約アドバイザーと称する女性は念押しをし、私の前に「見積書」を差し出した。 一、諸手続き・ 死亡診断書、死亡届、埋火 葬許可証、関係者への連絡など 五万円 一、遺体の保存および移送・納棺料[柩は桐八]、花代など十万円ドライアイ ス二日分一万八千円 移送料[病院ーご自宅}一万六千円[ご自宅ー火葬場}一 万九千円 注 使用車はバン型霊柩車。さらに、遺骨の移送料、施行管理料、火葬料と続 き、消費税、予備費などを加え、総計四十九万五千円。
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「バン型って、どんな霊柩車ですか」
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「ランクを上げることは出来ますよ。とりあえずご希望どおり、一番シンプル
なセットメニューにしてあるだけのことですから」 ◆ LISSとは、「リビング・サポート・サービス」の略。自分の葬儀の有無を 含め、そのやり方について生前契約さえしておけば、死後、一切の面倒を請け 負ってくれる民間団体である。病院と直結している葬儀屋の介入を避けること が出来、なにより、遺族が煩わしい雑事から解放される。私は一週間前、入会 金三万円を納め、葬式をしない場合の、いわば最低規模の見積りを依頼してい たのであった。四月末、連休前のことである。
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三月中旬、心当たりのない女名前の手紙が届いた。差出人の署名もワープロで
ある。新手のダイレクトメールかと思いこんだ私は、半日ほど机の上に放置し
ていた。 ◆ 「(略)なお本状は亡くなる三日前、本人が病床にて力をふり絞り書き遺した ものです。その折の心情を、おくみとりいただけますよう、そのまま使用させ ていただきました。」 差出人は、Oさんの奥さんであった。もはや四十九日 も済んでいる。Oさんは、父の友人であった。企業数社の社史編纂などを生活 の資に当てながら、同人雑誌に、毎号小説を書いてきた。自費出版の著作もあ り、私に送られた本だけでも五冊はある。年齢は父より若い。三十数年来、年 賀状のやりとりが続いていたが、今年、初めて途切れていた。私は、Oさんの 奥さんに面識がなかった。電話をすれば、固辞されるにきまっている。私は、 黙って押しかけることにした。京成本線青砥駅から歩いて十分。古い二階建て の家だった。 幸い、奥さんは私の名前を聞き識っていた。書斎からはみだし た書籍が、廊下と階段に積み上げられていた。古い雑誌類も多く、すえた空気 に、線香の匂いが混ざり合っていた。 焼香を済ませるや、奥さんはOさんの 愛飲したという福島の吟醸酒を取り出した。「私もやりますから」といい、電 話で寿司を注文。江戸切子のぐいのみを二つ置いた。Oさんは享年八十二才と 分かったが、奥さんは六十そこそこにしか見えない。断髪、白髪には光沢があ った。出前が届く頃には、かすかな酔いに、私は初対面であることを忘れてい た。
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「あの人、シャイでしたね。葬式はするな。年寄りには迷惑なだけだ。第一、
人が来なかったらどうする。淋しいじゃないか。この年になって、みっともな
い真似だけはしたくない。口ぐせでした」
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「あとは、契約の締結をし、公正証書つきの遺言書をお作りすれば万全です。
もちろん契約後でも、メニューの変更は出来ますよ」 ◆ 「今日は、運よく、会員の例会の日です。ご主人がホスピスに入っておられる 方の、貴重な体験をおききします。いい機会ですからどうぞ。三時からです」
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例会の存在など知らなかった。気乗りはしなかったが、女性の手招きに誘われ
て会議室に座った。すでに六人が着席していた。七十才前後の夫婦が一組、あ
との四人はすべて六十台の女性、男一人は私だけだった。無言。「定刻ですが、
お話して下さる方がまだ到着なさいません。もう少しお待ち下さい」
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やや拍子抜けした会員から、LISSの会員なら優先して入院出来るのか、と
詰め寄る人も出てきた。
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「皆さん、お願いがございます。昨日、会員のお一人がお亡くなりになりまし
た。先ほど二階の簡易斎場で葬儀は終わりました。今から火葬場へ向かいます
が、皆さんでお見送りしていただきたいのです」
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戸外では折しも、白いバン型の移送車に柩が運びこまれた。車体には、「LI
SSシステム」の文字が鮮やかなブルーで躍っていた。
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「お見送り、ありがとうございました。会員同士の連帯感、これこそがなによ
りの供養です。この私たちの絆を大切にしましょう」
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それにしても、柩を乗せて走り去った車の白さが、網膜から消えない。レジャ
ーにでも行くような軽やかさが残った。読経よりは口笛がよく似合う。明るす
ぎる。黒とはいわぬが、せめてもう少し、ふさわしい色はなかったのか。
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「もう一度出直します。車の種類についてももう少し考えてみます」
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