阿宝正傳

中村篤九


第一話


阿宝と言う男がいた。居たと言う事は確かな話なのだが、この男の話をしても詳し く知っていた男が何もかも忘れてしまったので実を言うと阿宝の話は解らないので ある。

之で正傳と言うようなものは、このような場合にはびこって来るもので、この阿宝 正傳もいずれは売文の徒が生業のための作り話に過ぎないのであろう。
阿宝は湖南の人で、大変な親孝行であった。親孝行の子供が生まれる家庭は、大概 貧乏なもので「阿宝貧ナリ為ニ糞セズ」とさえ言われる位であった。
尾篭な話だが、糞をすることすら出来ぬ貧乏と言えば、賢明な読者はそれがどの程 度のものかは推察がつくことと思うのである。

その推察のつくような貧乏と闘って阿宝は一人の老母を抱え、毎日のように畠を耕 して居た。朝は暗いうちから夜は明るくなる迄働き尽くめに働いて、阿宝は殆ど休 む暇もなかった。
こんなに働いても猶且阿宝が貧乏なのは、特に阿宝が性悪な地主の小作人であった わけでもなく、又親爺が多額な借財をのこしていったと言うわけでもない。秋が来 て他の村人が、とりいれに忙しい時でも、阿宝は畑を耕して居る事にその理由があ った。

働くと言うことは、きっと何らかの効果をもたらしてくれるものだが、阿宝の場合 はそうではなかった。阿宝はまる一年を同じ畑を耕してばかり居るのであった。畑 は耕すものであったが、又同時に種子をも蒔くところであり、肥料を興えるところ でもあった。
それを阿宝はしなかったのである。
百姓は畑を耕すものと耕してばかり居るのであった。阿宝の貧乏がそんなところに あることを阿宝も知らず、阿宝の母も亦知らない。

「阿宝貧ナリ為ニ糞セズ、肥料ナキモ故ナキコトニ非ズ」と正傳は伝えているので ある。


第二話


阿宝の貧は全く阿宝の愚鈍に起因して居た。種蒔かざるに実る筈はなく、日毎耕す 畑はただ阿宝の体力を消耗させるばかりであった。
阿宝とその母は日毎に痩せ細り、今はもう見るかげもなく衰えてきた。村人の多く はこの母がそのような貧乏の中に居る事を知って居たが、誰一人これを救おうとは しなかった。
他人のことを考える程、その人たちもまた裕福ではなかったからである。

或る日阿宝の母が阿宝に言った。
「阿宝や、私はお前ともう五十三年も一緒に暮らして居るが、初は私お前に乳をや って、お前の腹を一杯にふくらませてやったものだ。次に死んだ父つあんが饅頭だ の、お粥だの、豚の尻ツポだので私とお前の腹を一杯にふくらませてくれたものだ。 そして今度はお前が私の腹を一杯にふくらませてくれる筈だのに、何たるお前は意 気地なしだ。私のお腹はお父つあんが死んだ時と同じ位凹んだきりでね。だが.. .......」

こう言われると愚鈍ではあったが、無類の親孝行であった阿宝は何とかして、母の 腹を一杯にふくらませてやりたいとものと思った。
その夜阿宝は村の通りへ出た。
通りの四ツ角に立った阿宝は誰かにその事を聞こうと思った。どうしたら腹が一杯 になるだろうと言うことを。

間もなく一人の女が歩いて来た。綺麗に着飾った姿は阿宝が生まれて一度も見た事 がない程の美しさであった。阿宝はなにかとても高貴なものに接したような、或種 の喜ばしさを感じた。阿宝はうっとりとその女に見とれて、そのことよりなお阿宝 を喜ばせたのは、その婦人の腹がとてもふくれて居ることであった。

阿宝はおもわずかけよった。そしてその婦人の前にひざまずくようにして、大きな 声でこう言った。
「お願いです。貴女さまはどうして、そんなにお腹がふくれたのですか。どうすれ ばそんなに腹が一杯になるのです。私にそれを教えて下さい。私は母の腹をどうし てもふくらませなければならぬのです。」

阿宝はそれ丈言った事は記憶して居る。そのあとは狂ったような女の叫び声が、耳 のあたりを駆廻って、そしてなにかひどく硬いもので頬のあたりを打たれようであ る。次の日一日を阿宝は板のような寝台の上で過ごした。頬の痛みが畑を耕すこと をさせなかったからである。

そして猶阿宝は、その日一日をどうすれば母の腹を一杯にふくらますことが出来る ものであろうかと考えたのである。


第三話


阿宝が村一番の金持朱珍の第三夫人珊瑚になぐられたと言う噂が村中に広がってし まった。
「阿宝と言うやつは何たる馬鹿野郎だんべ。人もあろうに珊瑚様をつかまえて、ど うしたら腹がふくれるべえと聞いたつちうから、めくら蛇におぢずとはよく言った もんだ」
「全く阿宝程の神経は黄河の洪水にもあんめいよ。」
村人はまるで飴玉でもしゃぶるように阿宝の失態をその舌先でもてあそんだ。

他人の失態や他人の失策を嗤つたり、或いは罵ったりする時と、便所で鼻毛を抜く ときほど人間に幸福な時はない。
しかし仮に千人の人が罵る場合、多分一人は罵ることもせず静かにその失態をかば うものである。阿宝の場合も凡ての村人が阿宝の馬鹿を嗤つたが、たった一人阿宝 に何故お前はわらわれたかと静かに教えてくれた人が居た。
そして、それは阿宝の母、その人であった。

「阿宝や、お前は腹のふくれると言うことを何か思い違いをして居るのじゃないか い。お腹が一杯になるためには、何かを食べなくちゃ駄目なのだよ。何かを食べる とお腹がくちくなり、お腹が一杯になる」
阿宝葉これを聞くと、
「食べるだって、然し一体何を食べるだね」と聞いた。

母は食物は村の通りの居酒屋に行けば何でもある事を阿宝に教えた。
その夜阿宝は又村の通りへ出かけて行き、周の居酒屋の戸をあけた。
酒を飲んで居た大勢の男達と周は阿宝を見るとゲラゲラと笑いだした。
「やあ、阿宝何しに来た」
「食べるものを貰いに来ただよ」
「貰うだって?図々しい。銭を持って来たかい」


第四話


然しもとより阿宝に銭のあろう筈はなく、又阿宝は銭の何たるかも知らなかった。 「銭はないのか、銭がなければ、犬の食いかすだってやれやしねえよ」
「銭と言うものは何処にあるだよ」
人々はどっと笑い、そして周が言った。
「銭か、朱珍の屋敷に行って見な、銭がごろごろ転がってるベよ」

阿宝は黙って戸を閉めた。多分阿宝のことだから朱珍の屋敷へ出向くことを周は知 っていた。まるで他人の不幸を人生のお茶にして居るようなこの男は、飯台の上の 酒をぐいと一息にのみほすと、
「いやあ、阿宝は今夜は生きて帰れめえよ」
と笑うのであった。

果たせる哉、阿宝は朱珍の邸の門前へやって来た。雲つくような門番は阿宝の姿を 見ると、まるで自分がその家の主人であるかのように、
「やいこら阿宝、何しに来た」
と怒鳴った。阿宝はひれ伏すようにして、
「銭を貰いいに来ましただ」
と言った。

すると門番は「何、銭を貰いに来ただって、エ、これでもやらあ」と門前に敷きつ めてある石ころを阿宝めがけて打ちつけた。為に阿宝の額からは血が流れたが、阿 宝はなおひれ伏して、そのつぶてをうけたのである。阿宝の廻りにたくさんの石こ ろが落ちて来た。すると阿宝はその石ころのたくさんを抱えるように握ると、急に 立ち上がり夜の町を又周の店までかえって来た。

血だらけになった阿宝が、店に入って来たのを見ると、人々や周は今迄の高笑いか ら、急に死のように静まり返り、阿宝の姿をじっと見た。すると阿宝はつかつかと 周の傍へやって来て、持って居た沢山の石ころを飯台の上に出し、
「銭だよ」
と言った。周は先程のあの元気もなく、ふるえる手で近くの豚の丸焼きを阿宝の前 に投げ出した。阿宝はそれを抱えると又とぶように、村外れの我家へかえって行っ た事である。残された周や他の人々は食卓の上の石ころを眺め、そしてそれを銭だ と信じて居る阿宝が羨ましくもなり、又恐ろしくもなったのである。


第五話


阿宝が石コロで豚の丸焼きを買ったと言う事件が、うるさい村の人々に又1つの話 題を提供しないわけはなかった。然しこんな事は歴史の上にざらにある事実で、6 貫目の砂糖を「他人の不便」で買った女さえある。

ところが、この話が村にひろまる以前に、翌朝人々を驚かしたのは、朱珍の邸にあ の夜盗賊が忍び込み、3匹の蝙蝠を金で象嵌した赤い手箱を盗み取って行ったと言 う事、その宝石が世にも稀な貴重なものであったと言う事、そして盗賊が、阿宝で はないかと言うことの四つであった。

これはその前夜、阿宝が朱珍の邸に突然侵入して金をくれと叫んだ事実と、門番に はげしく打たれて逃げ去った事実が、そのような嫌疑を阿宝にもたらしたので、勿 論警吏はまるで阿宝が犯人であるかのように、阿宝の汚い家を検索した。
然しもともと阿宝がそのような事をする訳もなし、阿宝の家をいくら家捜ししても 赤い手箱の出て来るわけもなかった。ただ警吏は「何もない」と言うことはこう言 うことかと知った位のものである。阿宝は勿論警吏のきびしい訊問にあったが、物 を買うことさえ知らぬ阿宝がどうして盗みを知って居よう。ただ阿宝はなにか蝙蝠 のついた赤い手箱が自分を鞭の下におくのだと言うことだけを知った。

証拠がないので警吏は帰って行ったが、一たんこうした事があると世間は又もっと 阿宝につらくあたり出した。「馬鹿の阿宝」はいつか「盗人の阿宝」に変わって居 た。
人々は阿宝の姿を見ると、さも自分が盗みをしないかのように、阿宝を軽蔑した。

しかも、たった1人阿宝に今までの畑地を貸して居た、しかもその畑地は極く土が 悪いので無料で貸していた親切な隣の陶でさえも。手を返すように不親切になり、 裏切られたなどと言いながら、阿宝に土地を貸さぬと言い出した。

こうして阿宝はますます、どんづまりへやって来た。不幸な阿宝の母は又不幸であ った。土をとられた百姓阿宝は仕方なく、何か別な生きる道を歩かなければならな かった。

足は幸い2本あったので、阿宝は兎も角歩くことだけは出来る。歩いて居たなら又 何かに出合わさぬ訳でもあるまい。母を背負った阿宝は、どこかの詩人のように母 の軽さを嘆きもせず、黒い道をただ歩き出したのである。


第六話


阿宝は村の通りへ出た。
すると村の連中は、王様の行列でも見るように両側に並び、阿宝親子に悪態をつく のであった。
「阿宝何処さ行く、婆背負って何処さ行く、何処さ行っても阿宝は阿宝」

子供達迄が親の真似をして阿宝をからかった。動物園の小猿が親猿の怪しげな行為 の真似をするように、それはとても教育的な風景であった。
そのうち例の居酒屋の男が阿宝めがけて2つ3つ石ころを投げつけた。
「ホーラ、阿宝餞別だよ」
すると人々はどっと笑ったが、阿宝は投げつけられた石ころを大切そうに拾って懐 に入れた。人々は又どっと笑った。阿宝の背中の母はじっと目をつぶって、人々の 悪口をかみつぶすように口をもぐもぐさせて居た。阿宝親子にとって恐らくこれが 最後の不幸であったかも知れない。

何か異様な音がした。それは地の底で誰かが泣いて居るような不思議な音であった。 そして次に人々は村の西を流れる狂河が、その堤を破って村を襲った事を知ったの である。

笑って居た人も、わらわれて居た人も、みんながみんな狂河の濁水にのみこまれた のは、ほんのそれから僅かの時間のうちにである。阿宝は母を背負ったまま暫く走 ったが、やがて水の上は走れぬことを知り、母と別れ別れになってしまった。母の 姿が濁水の中に見えなくなったのを阿宝は知って居た。然し阿宝は何時か母に逢え ることと思って居たので格別その事を気にしなかった。見えなくなることは居なく なる事ではない。

阿宝は可成りの時間濁水に身をもまれていたが、幸いにも、或いは不幸にも1本の 大木に、それは奔流にもまるで平気でつっ立って居る大木にしがみつき、その木の ずっと上の方によじのぼった。
目の下を凄い流れが走って居た。そしてその中に沢山の村人が溺れたり、溺れかか って居たりした。溺れかかった村人の1人が木の上の阿宝を見つけて、自分も木に 近寄ろうとしたが、それは思うように行かなかった。するとその1人は「阿宝救け てくれ」とまるで最後のような声を出した。そしてそんな人間は何人もいた。然し 阿宝は黙って流れを見て居るだけであった。嘗て一度でも他人から救われたことの ない阿宝が、他人を救うことを知らなかったのは道理である。


第七話


3日目洪水は止んだ。阿宝は大木から降りた。洪水が阿宝の目を奪って居て欲しい。 洪水が若し阿宝を盲目にして居たなら「正傳」は阿宝を一応は幸福に出来たかも知 れない。

然し洪水は家を奪い、財産を奪い、或いは又つまらぬ人の命を奪ったが、阿宝の視 力だけを奪わなかった。阿宝が大木から、くさったハラワタのような泥濘の中に降 りた時、その足の下に何かがさわった。阿宝はさわったものを手にとって見た。す るとそれはたった三日前に阿宝を苦しめたあの朱珍の赤い小箱であった。

阿宝はこおどりして喜んだ。赤い箱があれば、もうあのいたい鞭を受けるような事 がなくなると思ったからである。
阿宝はその赤い小箱を抱え、洪水が作った新しい泥濘の中を走った。
洪水は誰の畑をも平等に泥田にしてしまった。種をまかぬ阿宝の畑も、一生かかっ てもまききれぬ程の種を買い溜て居た隣の陶の畑も、何もかにおも一様にドロドロ の泥にしてしまって居た。阿宝は誰かに逢えることと思ったが、然し人影は一つも 見る事が出来なかった。阿宝は北の山に警吏の役所があることを知って居た。

兎も角その山へ行き、警吏にこの赤い箱を渡してしまわなければ、又何時かの戟し い拷問を喰わせられる。 そして山に行った。
するとそこには意外に沢山の村人が居た。それぞれ手回りの小さな荷物を持ち、不 安相に泥になった村を見て居たが、彼らの一人が阿宝を見つけ、そして赤い小箱を 抱えて居るのを見ると、次の瞬間洪水のそれよりもっと恐ろしい結果が阿宝を襲っ た。

阿宝貧ニシテ母ヲ養イ、孝ナルモノト傳ヘラルルハ誤リナリ、阿宝貧ニシテシカモ 盗癖アリ、富豪朱珍ノ邸宅ニ忍ビ入リ、宝石入リ赤箱ヲ盗ミテコレヲ大木ノ根ニ隠 匿セリ、タマタマ狂河ノ洪水ニアフヤ、日頃孝養をツクスガゴトクアリシ母ヲ濁水 ニ捨テサリテ、赤箱ヲ守ル。マサニ史上マレニ見ル大悪漢ト言フベシ。

「阿宝正傳」の筆者は不明であるが、阿呆なる人物が居なかった事は明らかな事実 である。
お疑いの方は「世界紳士録アの部」を参照されたし。