「核全面禁止」は諸刃の剣か◆ 広島の平岡敬市長と長崎の伊藤一長市長の「平和宣言」を読み上げる場面はテレビでも放映 されたし、新聞はその全文を掲載した。両市長の言わんとするところは「核全面禁止」であ り、マスコミはこれを世論として盛り上げ、国論として核保有国に迫ろうとする意気込みが 感じられた。 ◆ しかし、このような試みは何度となく繰り返され、何度となく無為に終わってきたことだろ う。そして、それはなぜなのかについて、人類構成員の一人として真剣に考えるべきなので はないか。事が成就しないのにはそれなりの原因があり、理由があるはずなのだ。
核抑止力のお陰◆ 50年以上も大戦争の起きなかったことは珍しい。私は昭和一桁生まれだが、私たち年配の者の 感覚では、日露戦争といえば遠い遠い昔の、それこそ歴史上の物語に過ぎなかった。明治37年 から翌38年にかけて戦われた日露戦争と昭和一桁の間は30年程度だ。私たちが大東亜戦争の ことを話しだすと、何を言いだしたのかと若い人たちからうさん臭い顔をされても、無理はない のだと、つくづく思う。 ◆ 大東亜戦争終結後、地球上のあちこちに散発的に局地戦争は展開されたが、大戦争はなく、とも かく平和な半世紀だったといってよいだろう。その平和は何によってもたらされたのか。私は、 率直にいって核抑止力のお陰だと固く信じている。「こちらが使えばあちらが使う。あちらが使 えばこちらが使う。使えばどちらも全滅だ。だからどちらも使えない」とするあの抑止力のお陰 だ。「もし」を歴史は拒絶するが、頭の体操のつもりで核全面廃止の戦後世界を仮定するならば、 第二次世界大戦を凌ぐ非核全面戦争が起こり得たのではないかと私は想像する。 ◆ だから私は広島、長崎の原爆犠牲者は死を以て核の悲惨さを世界に教え、その結果、核による戦 争を起こさぬよう未然に防いでくれている尊い人柱なのだという考えを、どうしても変えるわけ にはいかない。核全面禁止が今日、国際社会に容れられて、核兵器が全面的に廃棄されたなら、 人類は核戦争の恐怖から解き放たれて、幸せな国際社会が実現できるとでもいうのだろうか。
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もう50年も前のことだから、記憶違いがあったらお許し願いたい。漢文の授業で学んだことだ。
十八史略だったかもしれない。 ◆ すでに述べたように、私は核兵器なき世界は非核全面戦争が起きやすくなると考えているのだが、 そのような戦争が起きた場合、交戦国は勝つためにどのような条約や協定があろうとも、核兵器の 再獲得に直進するであろうことは、酒の創製者の首を刎ねたところで、人類がひとたび手にした事 物を永久放棄することのない事実と睨み合わせれば、事態は容易に理解できよう。
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交戦国のいずれが核兵器の再獲得に先を越すかが勝敗の分かれ目ということになる。そして先を越
された側に第2の広島、長崎が再現するということになるのではないか。 ◆ 日本では弾と銃火器が別々であっても凶器と認定されているが、一方、国によっては弾の装填され ていない銃火器を凶器として認めないという。この理屈でいけば核爆弾と運搬手段(ミサイル)と を切り離しておけば兵器とはいえないし、また爆発物を解体しておけば、部品が全部揃っている物 であっても、核爆弾でないことになる。しかし、これが核廃絶とよべる状態だろうか。
なぜ戦争は絶えないのか◆ 核全面禁止は核抑止力の低下を招くことによって、非核全面戦争勃発の可能性を増大さ せる。だが、核全面禁止の実現はこのように期しがたく、よしんばそれらしく見えても、 まやかしの可能性が強い。
◆
核全面禁止を主張する前に、私たちが考えなければならないことは、戦争がなぜ起き、
それが未だに絶えないのはなぜかについてだ。
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核抑止力によってのみ、人類は大戦争の惨禍から免れ、平和の中にいることができるの
だ。よくよく人間としての弱点を自覚すべきだ。
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