原 敬夫人遺聞◆ 中岡良一の凶刃に東京駅頭で仆(たお)れた原 敬の遺骸は駅長室に運びこまれ た。変を聞いて人々は駆けつけた。夫人は夫君の枕頭に座し、原 敬が総裁をつ とめる政友会の領袖は窓辺に寄って鳩首会議だった。やがて領袖の一人が夫人に 近寄って、通夜、荼毘(だび)、密葬、告別式や党葬の段取りが一決したことを 告げた。その時、夫人は凛然としていい放った。
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「ご免蒙ります。原が生きているあいだはお国のもの、あなた方のものとして差
し上げておりました。けれどもこうなっては、私だけのものでございます」
墓の深さにこだわり◆ 「第二幕」と上田氏はいった。 清められていた私邸の奥の院の蒲団の上に、遺骸は安置された。夫人は家の子郎 党を前にして、相変わらず涙も見せずにこう告げた。「今宵は原と最後の夜、二 人だけで過ごしたい。誰も来ないでほしい。どんなことがあっても来るでないよ」 ◆ ところが宮中から勅使が見えたのだ。やむなく奥の院に取次に行った者が目にし たのは、夫君の遺体に取り縋(すが)ってよよと泣きくずれる夫人の姿だった。
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「第三幕」と上田氏はいった。
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夫人は答えた。
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政界に進出する前、原 敬は毎日新聞社の前身、大阪日々新聞社の社長だった。
原にとって、だから上田氏は義理の甥に当たるだけでなく、同じ新聞社社長の後
輩でもあった。
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