魂を感じる時

杉山 武子


 子どもの頃、誰もがそうであるように、どんなに考えても分からないことがたくさ んあった。なぜ私はこの家の子どもで、どうしてこの人がお父さんで、この人がお母 さんなのだろうと。中学生の頃になると、なおさら分からないことが複雑になった。 どうして私は、私なのだろうと。街を歩いていても、なぜ私はあの人ではないのだろ う。いまパチンコ屋から出てきたばかりのあのおじさんは、なぜ私にはなれないのだ ろう?

 悩みに悩んで、私なりに出した結論は、一つの肉体には一つの魂が宿っている、と いうことだった。空よりもっと上の天には、透明な丸い形をした魂がふわふわと無数 にひしめいていて、世界のどこかで赤ちゃんが生まれると、すかさず一つの魂が天か らまっしぐらに降りていき、赤ちゃんの肉体に宿る。その肉体が死んでしまったら、 魂はしばらくしてその肉体を離れ、また天に戻っていく。だから肉体は滅んでも、魂 は滅びない。それが少女の頃、私なりに考えて出した答えだった。

 魂と肉体の組み合わせは、一つとして同じものは無い。魂のほうからいえば、肉体 が滅ぶまでそこを離れることはできないし、肉体のほうからいえば、宿った魂から生 きて逃れることはできない。でも身体はどんどん大きくなっていくのに、魂は初めか らそれ知っていて、ずっと見ているのだろうか? そんな堂々巡りのようなことを、 深刻に考えていた時代もあった。それはつまるところ、こんなことを考える自分って 何? という新しい疑問に、また突き当たるばかりだった。

 『ガイアシンフォニー(地球交響楽)』という、不思議な映画がある。一般の映画 館では上映されない。おそらく完成されたシナリオなどない、登場人物へのインタ ビューと、動きの少ない映像と、音楽で構成された映画だ。声高に何かを訴えるわけ ではない。数人の登場人物が、自分をありのままに語る、ただそれだけなのに、彼ら の何気ない言葉が心に沁み入る。初めてこの映画を観た時、きっとこれは、語り手 (登場人物)の魂と私の魂が、じかに交流しているのかもしれないと、そんな奇妙な実 感を持った。

 この映画を作ったのは1940年生まれの、龍村 仁(たつむらじん)監督。タイトルに 使われている“ガイア”とは“地球”を意味する言葉で、監督は地球の未来を決める のは人類の「想像力」であり、「心の在り方」によって地球の未来が決まると明言さ れる。つまり「今いきてる我々ひとりひとりが“心”にどんな未来像を描くかによっ て、現実の地球の未来が決まってくる」と。そんな監督の思いが観る人にジワジワと 伝わってくる、不思議なパワーを秘めた映画だ。今回私が見たのは第3番で、すでに4 番も制作予定だという。

 登場人物は、イルカ人間のジャック・マイヨール、14世ダライ・ラマ法王、宇宙飛 行士ラッセル・シュワイカート、登山家ラインホルト・メスナー、植物学者野澤重 雄、ケルトの歌手エンヤなどなど。彼らに共通するのは、現代の常識を超えた事を成 し遂げたり、体験した人たちで、彼らの語る言葉は、地球の未来を真剣に考える人の 心に、示唆に富んだメッセージとなって伝わる。

 なかでも私が一番その言葉に心を動かされたのは、登山家ラインホルト・メスナー へのインタビューだ。1944年イタリア生まれのメスナーは、1970年のナンガ・パル バート登頂を皮切りに、世界の8000メートル峰14座すべてを、単独でしかも酸素ボン ベも使わず、自力で制したアルピニストだ。彼は映画の中で「私は他人より超人的な 体力や耐久力を持っているわけではありません」「ただ私は生命力を発揮する方法を 他人よりよく知っていたと思います」と静かに語る。

 彼はナンガ・パルバートを下山の途中、およそ800メートルの崖を滑落した時、落 ちていく自分を上から静かに見つめている、もう一人の自分がいることに気づいた、 と臨死体験を語った。この体験を機に、彼は目に見えている世界だけがこの世の全て ではなく、もうひとつの別の次元――理性や五感だけでは捉えることができない―― が存在すると確信するようになったという。しかしヨーロッパでは、なかなかそれを 理解しようとしないとも。

 彼は言う。「私は山を征服したいのではありません。登れるということを証明した いのでもない。ただひたすら、自分を知りたかったのです」「有限の肉体を持った裸 の自分が、生命の存在を許さぬ死の地帯で、どこまで命の可能性を広げることができ るかを知りたかった」と。

 スピリット(霊的な魂)、ボディー(肉体)、マインド(理知的な心)、この三つの要素 の調和がとれているのが人間の理想的な姿だと、メスナーは語る。スピリットやマイ ンドが高くても肉体が弱ければ、結局肉体の弱さにとらわれてしまう。つまり人は、 自分の持っている一番弱い要素を基準に生きざるを得ないと・・・。「魂を売る」と か「自分を裏切る」という言葉は、もしかしたらこの3つの要素の、葛藤やアンバラ ンスを表しているのかもしれない。

 スピリット・ボディー・マインドの3つの要素。この言葉を聞いた時、私の中でカ ランと音が鳴った。私が子どもの頃一生懸命に考えた魂と肉体の合一に、もう一つ心 が必要だったのだ。やっと長い間のなぞが解けたようで、嬉しかった。私というの は、魂と肉体と心が合わさってできた生き物なんだと。

 21世紀のキーワードは「環境」とも言われる。人間にとって最高の環境とは、メス ナー流にいえば、スピリット・ボディー・マインドのどれもが等しく豊かに伸び伸び と、バランスよく成長できる周囲の状況を指すのかもしれない。メスナーは、科学技 術の進歩を後戻りさせることはできないが、自然とのコンタクトを失ってはいけない という。また、国や企業を糾弾するのではなく、一人一人の人間の心の変革、普通の 人々の、生活の中での心の変革が一番大切だと最後に語っている。 (2001年11月7日)