ベルリン国際映画祭 (ベルリナーレ)

武田 実夕

2月6日から17日までベルリン国際映画祭(ベルリナーレ)が開催された。 日本のメディアでもすでに報道されていることであるが、宮崎駿氏の「千 と千尋の神隠し」とアイルランドのポール・グリーングラス氏の「Bloody Sunday」が金熊賞を受賞した。ちなみに金熊賞(ゴールデンベア賞)とい う、ちょっと変わった賞のいわれはベルリンのシンボルマークが熊である ことによる。聞くところによると、ベルリンの語源はそもそも子熊 (Baerchen=ベルヒェン)から来ているらしい。

「千と千尋の神隠し」が金熊賞を受賞したことは、日本人としてとても嬉し い。日本のアニメはヨーロッパでもとても評価が高く、ドイツのテレビ番 組でもたくさん放映されている。セーラームーンはドイツの子供たちにと ても人気のある番組であるし、友達の中には「アルプスの少女ハイジ」や「み つばちマーヤ」を子供時代に見ていたという人もいる。最近では、マンガの ことをそのまま「Manga」という人がとても多い。日本のアニメがドイツで普 及している証拠だ。しかし、金熊賞以外にもすばらしい映画はたくさんあっ た。特に日本から出展された映画は面白いものばかりで、私の周囲の人々の 間でとても評判が高かった。今回は、ベルリン映画祭の中で印象に残った 映画をいくつかとりあげてようと思う。

日曜日に映画祭が終わるまで、私は映画浸けの生活を送っていた。10日間で 見た映画の数は33本。途中、仕事の関係で一日に1、2本しか見れない日が何 日間かあったが、それでも平均すると一日に3本映画を見たことになる。最 終日の前日は7本も見てしまった。しかし、毎日映画ばかり見るということ はあまり健康的でないと思わされた。なぜなら、このところ映画館をはしご していたため、きちんと食事をとる時間が無かったし、見た映画の映像と音 楽が頭の中に残っていて、夜は熟睡できない日が続いていた。正直言って今 もまだ、普段の生活に戻りきれていず、夜にはいつも映画館にいる夢を見て しまう、という状態だ。とはいえ、この現象は私だけではないようで、友達 も同じような事を口にしている。

第52回ベルリン国際映画祭は、「Acceptance Diversity」というコンセプトの もと、開催された。日本語では、「多様性の受容」と訳せるだろう。これは、 2001年9月11日のテロによって明るみに出された文化・価値観の違い、それを 芸術という手段によって克服することを明らかに意識している。また、映画 の内容での多様性をも意味している。映画の中には、日常のささやかな出来 事を扱ったものから、政治的色彩の強いもの、また歴史的テーマをドキュメ ンタリーでアプローチしたものからファンタジーのものまでと、ずいぶんと 多種多様な映画が全世界から出展された。その中から、特に印象に残ったも のを3つ紹介したいと思う。


ヒトラーの元秘書が語るヒトラー像


この映画祭では審査員によって受賞が決定される金熊賞以外に、観客の投 票によるパノラマ賞という部門もある。この映画はそのパノラマ部門で最 優秀賞を受賞した作品。タイトルの「Im toten Winkel」は「死角の中で」とい う訳がふさわしいだろう。監督はドイツ人のAndre Heller(アンドレ・ヘ ラー)で、ナチス時代のヒトラーの秘書を務めたTraudl Junge(トラウド ゥル・ユンゲ)の語りを収録したものである。ユンゲ女史はこれまで、秘 書官時代についての一切の公言を避けてきた。現在、80代半ばの同女史が 当時について語り掛ける、完全なドキュメンタリー映画だ。

正直言って、この映画を見た後はとても辛かった。
「秘書官を務めていた当時、ヒトラーの口から「ユダヤ人」という言葉を聞 いたことは一度も無かった」「ヒトラーのユダヤ人にたいする残虐行為を知 ったのはすべてが終わってからだった」「プライベートの生活の中でのヒト ラーはとてもおだやかで、やさしい人だった。わたしは彼にとても好感を 抱いていた」

過去の歴史を語ることは、語り手の価値観なくしては語れないものだと思 わされる。彼女のこのような発言は、多くの人の恨みと憎しみを引き起こ すことだろう。だからこそ50年以上もの間、ずっと口を閉ざしてきたのだ から・・・。でも、彼女は事実を語っているだけなのだ。その事実が、戦 争についての教育を受けてきたわたしたちの価値観とはあまりにもかけ離 れているだけなのだ。

監督のヘラー氏はこの映画を2001年4月から撮り始めたという。合計10時 間にわたって行われたインタビューを90分にまとめたもので、ユンゲ女史 の語りで始まり、終わる。彼女の経歴を客観的に記したものが、途中数回 にわたってスクリーンに登場する以外は、すべて彼女の語りだけで構成され ている。一切の事実を客観的に表現しようとした監督の意志が感じられ、 それにはとても共感できる。

しかし、映画が終わった後は賞賛とも皮肉ともいえる中途半端な拍手が聞 こえてきた。たぶん、観客の多くがこのドキュメンタリーをうまく捉えら れなかったのだと思う。でも、結果的にこの映画がパノラマ賞の最優秀賞 を獲得したのは、他のどの映画よりもはるかにインパクトが大きかったか らだろう。

この映画のインパクトの大きさに加えてさらにショッキングだったことは、 ユンゲ女史が映画祭の開催中に亡くなったという事実だ。映画が終わった 後に、監督自身の口から観客に向かって告げられた。

「この映画についての議論を今日は控えさせていただきたいと思います。た だ一言、長期間にわたって病院生活を送られてきたユンゲ女史が昨日亡く なったということをお伝えしておきたいと思います」


リリィシュシュのすべて


日本の中高生のいじめ、自殺、孤独をテーマになっているが、その重たいテー マとは裏腹の美しい映像がとても印象的だった。この映画では2つの対照的 な世界が同時並行的に展開されていく。一つは、残酷ないじめと非行を繰り 返す14歳の少年少女達の学校生活。そしてもう一つは、その彼らの間でカリ スマ的なアイドルとなっている「リリィシュシュ」というミュージシャンのホ ームページに匿名で投稿するチャットの世界。映画祭の初日にこの映画を見 たのだが、映画の後、岩井監督との対談があり、監督御自身の映画に対する コメントを聞くことができた。

「映画製作するに当って、日本の中高生の間でのいじめについてリサーチし ていた時が一番辛かった。映画に収録されたのはほんの一部であり、実際に は信じられないほど残虐ないじめが存在している」

この映画ではいじめや自殺、少年非行などショッキングなシーンが多いので、 それにたいする批評ばかり目にしてきた。しかし、チャットというサイバー スペースでだけ表現される少年少女達の、苦しくなるくらい純粋な、叫びの ようなつぶやきにも着目しなくてはならないだろう。さらに、日本の風景が とても美しい映像で表現されていることも特徴的である。

映画の最初には、青々とした一面に広がる田園風景の中にひとり、孤独な少 年が立っているというシーンが表れる。この映像は残酷なまでに美しい。そ の少年は、映画の中で数々の非行を繰り返す悪童なのだが、この映像を見て いると、10代の子たちが持ち合わせる純粋さと憧憬と彼らが繰り返す残虐行 為とが実は表裏一体のものなのではないかと思わされる。純粋であるからこ そ、残酷であるということ。そうはいっても、いじめの苦しみを体験した人 たちにとっては私の言い分は勝手かもしれない。

日本の映画を今回たくさんみて、ほのかな郷愁感にかられることが時々あっ たが、この映画は郷愁感という距離感を感じさせるほどおだやかなものでは なかった。映画を見ている途中、自分の10代の時の思い出が次々と蘇ってき て、胸が苦しくなった。それほどの勢いをこの映画は持っている。岩井俊二 監督の感性にただただ圧倒させられてしまった。


アレクセイと泉


場所はベラルーシ共和国ゴメリ州チェチェルスク地区 にある小さな村、ブジ シチェ村。1986年のチェルノブイリ事故によって放射能の被害を受けたこの 地区は移住勧告がだされたにもかかわらず、55人のお年寄りと1人の青年が 残り、今も生活している。その青年、アレクセイと彼の家族を中心に、泉と かかわる村 人たちの日々の生活を描いてゆく。

村の中心に涌く泉への信仰は深いものがある。 清らかな水が村人の心の支 えにもなっている。村人は、この泉で洗濯をし、源泉の泉からは毎日の飲み 水を汲んでいく。そして、この泉からは放射能は一切検出されていない。

自然があって、その中に人間が存在する。人間が存在して、その周囲に自然 があるのではない。この映画を見て強く感じたことだ。でも、美しい自然の 大地の映像とアレクセイの語り掛けには、押し付けがましい自然環境保護を 訴えかけるメッセージは一切ない。

カメラの前での人々の自然の表情を見ていて、本橋監督は村の人々との生活 に入り込んでいるのだな、と思わされた。泉に洗濯に来たあるおばあさんがカ メラに向かっておじぎをしていたのがとても印象的。

不思議なことに、この映画を見ていてとても懐かしい気分になってしまった。 私の両親の実家は東北地方の自然に恵まれた農村地区であるが、この映画の 生活風景が幼い頃いつも目にしていた農作業の光景にシンクロしてしまった のかもしれない。


金大中拉致事件を扱った「KT」


以上、今回の映画祭で特に印象的だったものを3つだけ取り上げたが、他にも とてもいい映画がたくさんあったのでここで紹介できないのが残念だ。
映画の中には複数の国による共同制作というものも多数あった。例えば1973 年に起きた韓国の金大中拉致事件を扱った「KT」は、日本と韓国が製作を手が けており映画では、日本語と韓国語が同じくらい使われていた。30年前の事 件が扱われているのに、今見てもまったく違和感がない。というより、現代 の外交政策の行方が気になるだけにこの映画には強い打撃を受けた。ちなみ に、日本では今年4月に公開されるそうだが、かなり反響が大きくなるのでは ないかと思う。

その一方でいともたやすく殺人が行われる映画もたくさんあった。映画とは 登場人物の人生を凝縮した縮図のようなものであるから死があるのは当然で はあるが、ストーリー性にまったく噛み合わないような死や殺人が多々あっ た。

特に、高度な技術を使って撮影される殺人シーンはリアルすぎて、見ていて 気分が悪くなってしまったが他の人たちはどんな感覚で見ていたのだろう。 そのような残酷なシーンとは無縁に、子供も大人も楽しめる愉快なファンタ ジーの世界を細緻に描いた宮崎駿氏の「千と千尋の神隠し」は、さすがに金熊 賞の受賞に値する作品だと思う。