理路整然たる非常識
渡部亮次郎
君、シャッターを押さんかね
◆
外務省の対北朝鮮のやり方を見ていて「理路整然たる非常識」は、な
るほど日本外務省の体質になっているのだと、つくづく思う。拉致被
害者の死亡年月日を隠したと言われて、せっかくの小泉訪朝に冷や水
をぶっ掛けた。しかもこうなるとは彼らは予想もしてなかったのだか
ら、きわめて残念、というより、世間ではこういうのを馬鹿という。
◆
外務官僚を「彼らは理路整然たる非常識の群(むれ)だ」と断言した
のは、私がNHKの記者から外務省に引っ張られて秘書官を務めた園田
直(そのだすなお)外務大臣(故人)その人である。
◆
日中平和友好条約を締結した人として記憶されている。旧制中学(熊
本県天草の島の県立天草中学校)しか出ていない、素人外務大臣だっ
たが、1977年から81年にかけて福田・大平・鈴木の三代内閣の
外務大臣をつとめた。私も秘書官として外務省を初めて知った。
◆
園田氏の趣味は武道、ラジコン、カメラと多彩だった。政敵はそれに
女性だろうと揶揄したが、園田大臣は外務省へ行ってある時、キャリ
アの人に「君、写真を撮ってくれよ」と頼んでぶったまげた。キャリ
ア氏はカメラを構えたまま、ただじっとしている。
◆
「君、シャッターを押さんかね」と催促したら「え、これ全自動じゃ
ないんですか」。要するにカメラのことは何も知らなかった。おそら
くピョンヤンで生存者にわざわざ逢いながら、写真も録音も撮ってこ
なかったと怒られたあの公使は写真はカメラマン、録音は録音技師が
とるもんだと思っていたに違いない。はなから自分がとるもんだとは
考えても見なかったに違いない。普通の人はそうじゃなく自分で撮っ
てこなくちゃならないものだと考えるから、多分、公使は撮影も録音
も禁止されたのだろうと同情し勝ちだが、真相は初めから持ってなか
ったのだ、と思った方がいい。理路整然たる非常識なのである。
検事だって弁護士になる
◆
次年度の予算折衝の時期になって、官房長(後に英国大使・故人)と
総務審議官(後に中南米局長、ソビエト大使)がやってきて「大臣、
そろそろ確認の根回しを」と要請に来たので、大臣は沈黙してしまっ
た。
◆
昨年の予算折衝のとき頑張って「中南米局は来年度の検討課題とする」
との約束を政府、与党の要人に取り付けた。もともとは、外務省へ来
る前は官房長官として「各省一局削減」の音頭をとっていたのに、外
務省へ来た途端にそれをひっくり返して「中南米局設置を何とか」と
要求して記者団に「おかしいじゃないか」とひやかされた。
◆
「検事だって弁護士になるじゃないですか」といってごまかしたが恥
しかった。それをいまさら要所をあらためて巡回したら、去年の約束
は無かったことになる。むしろこのままじっとしていたら、約束は既
定事実として実現するのだ。そんな理屈も分からないのか。こいつら
大学の成績は良かったのだろうが、頭は馬鹿だね、理路整然たる非常
識と言うしかないね。こういうのが国の舵を握っているんだじぇ、と
天草訛りで嘆いた。
◆
だから、日中平和友好条約だって、6年も折衝しながら、なんら前進し
ないのには、どこかに理路整然とした、しかし非常識がある、と考え
たのだろう。密かに北京生まれの剣道の弟子を黒衣(くろこ=忍者)
に仕立てて北京へ何度となく往復させ、内情を独自に探らせたものだ
った。その結果は次官にしか伝えなかったが、福田総理がどんなにブ
レーキを踏もうが、自分が北京に行きさえすれば条約の調印は可能だ
と早くから確信していたのである。
平坦な道は敵のワナばい
◆
若くして軍隊に志願し、野戦に11年もいた。最後は特攻隊長。出陣が
曇り空で延期になったら終戦となって生き残った。人生の勉強は弾の
下をくぐりながら命がけでして来たのだから、何でも現場主義だった。
◆
日本の外務大臣は三木内閣まではアセアン(東南アジア諸国連合)の
外相会議に参加できなかった。福田内閣になって初めて招待状が来た。
タイのパタヤで開かれた。随行した。さあ、これから会議という寸前
「ナベしゃん、会場を見てきてくれや」
◆
行って驚いた。アセアン側は5カ国が横1列に並び、日本は向かい合っ
てたった一人。これじゃ口頭試問じゃないか。事務局に掛け合ってな
んとか6角形にしてもらった。その折衝はキャリアはさすがにぺらぺ
らとやるが、会場を事前に見るなんてことは絶対にしなかった。佐々
木小次郎を迎え撃った宮本武蔵の例にある通り、交渉の場所取りは勝
負を左右するのである。キャリアの皆さんは儀礼上のシチュエーショ
ンにはうるさいが、交渉のシチュエーションはノンキャリア任せだか
ら、いつも小次郎になる。
◆
「ジャングルを行くとね、必ず道が二股になる。左は平坦な道、左は
険しい。わたしは隊長として必ず険しい道を執った。なじぇか分かる
かね。平坦な道は敵のワナばい。必ず待ち伏せしとるばい」。ある時、
士官学校出の隊長が来た。突如敵の総攻撃に出遭ったた。隊長は張り
切って先頭に立とうとする。恰好のいいところを見せないことにはと
思いながらも敵に遭遇するのは初めてだから興奮気味である。死なれ
ちゃ困るから「隊長、危のうございます」と言えば言うほど身をさら
そうとする。園田が「隊長、そこでは戦況が良く見えましゃえん、ど
うぞこちらへ」と岩陰に案内したらホッとしていた。「キャリアとか
何とか言ったって、中身はこんなもんさ」といわんばかりだった。
◆
官僚とは総じて、自分のことしか考えない。日朝交渉だって、拉致問
題の解決なくして前進は有り得ないと総理にいわれれば、犠牲者の親
族の胸中よりは、交渉の前進を優先して考える。結果として、親族を
粗末に扱ってしまったことが親族のみならず国民の反発を買い、交渉
そのものの成果と自分の実績を殺(そ)ぐことになるなんては絶対に
考えない人種なのである。いな、いつの間にか性格が捻じれてしまっ
ているのである。そういう人たちだから、こんごともチョンボの連続
だろうと思う。なにしろ自分の考えたり、やったりすることのすべて
が理路整然たる非常識なんだとは全く気づいていないのだから。
|