鳩を寄せる悲しみ

渡部亮次郎
鳩に餌を与えるなとある、中にはエサを上げるなと、敬語を使った役所の看 板が立っている。鳩に敬語を使ってどうするんだか、無関係な話だが、どう も見ていると、あれは老人の生きがいないしは老人福祉問題なのですな。

私が住まいしているところは、江戸・隅田川を挟んだ「川向こう」の江東区。 昔はびしょびしょの下町。戦後もしょっちゅう水害に見舞われたし「江東ゼ ロ・メートル地帯」とも悪口をいわれた。そういう自分も仕事で回るのは山 の手だから、学生時代も含めて老境に入るまではこちらには全く縁がなかっ た。

それが最近、バブルがはじけてこのかた、江東区のマンション街の発達はす ばらしい。地下鉄が縦に東西線に加えて横に来年3月下旬から半蔵門線が都 心から延長折りいれするとこんなに便利なところはなくなる。何せ錦糸町か らJRの地下にもぐれば東京駅までたったの8分と言うから、人口が1年に 1万人ちかくの勢いで増えていくのは当然だ。もう水害はない。30階、4 0階のマンションが素晴らしい数で林立している。

ところが、その先がいけない。木場の貯木場をつぶしてできた恩賜猿江公園。 最近、カラスが退治されて再び鳩の天下であるが、公園事務所がいくら鳩に エサをやるなと言ってもおじいさん、おばあさんのエサやりは増えるばかり である。

エサをやると当然、栄養がよくなる。よくなると性欲が人間とどう違うのか、 産卵が年2回のものが、3回に増えて、東京で増えるのは老人とはとばかり。 ところが、老人と話してみると、たいていは一人暮らし。関東大震災をくぐ り、昭和20年3月の大空襲では、親兄弟を失いながら、悲しみに耐えて生 きてきたが、寄る年波でもういけねえ。ヨチヨチと散歩に来て、エサに寄っ て来る鳩の羽ばたきが生きてるシルシよというのだ。かと思えば、家では嫁 に掃きたてられるようにして公園に出てきても話し相手はいない。なにしろ 下町と言っても、個人主義の時代が長すぎた。公園で出会っても挨拶する人 は年寄りでも稀になった。仕方が無いから、たばこ銭を詰めて買った麦を撒 いて鳩の群れを寄せ付けるのさ。だから、中には鳩が頭に立とうが、肩にと まろうが嬉々としてその老人は張り切っている。まさに公園事務所の考えて いる鳩問題は、鳩問題ではなく、すぐれて老人問題、福祉問題だったのであ る。

公園にはホームレスも常時10人ぐらいは住み付いている。吾妻屋は完全に 占領されたから,エサをやる老人たちの座るところは無い。まして犬は放す んじゃないと管理事務所、幾ら叫んでも、放し飼いだから、何時噛まれない とも限らない。まこと、老人たちの鳩寄せ事業はあるきながらで大変なので ある。

ある日から、パンくずを持って仲間入りしてみたが、あれほど面白くないも のは無い。第一、鳩は根っからの馬鹿だ。記憶と言うものが無い。ア、昨日 のおじいさんだということが絶対ない。わかってない。エサに興味があるの であって,くれる人に興味は無い。記憶もない。愛がわかない。老人の鳩寄 せは実に悲しい限りだ。