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ボケ老人の勘どころ
渡部 亮次郎
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政治の取材を志す者はボケ老人こそ礼儀正しく大切にしなくてはならない。どこの国と言わず政治は老人に支配され、しかも大半はボケの症状を抱えているからである。冗談ではなく本心、大事にしなくてはならないと思っている。
記者時代の若い頃「じじい殺し」と異名をとる辣腕記者がいた。誰も行きたがらない長老ならぬ超老政治家を狙い撃ちし、特ダネをものにして来るのである。
国会議事堂で取材を始めて驚いたのは老人の多いことであった。地方議会に比べたら老人が圧倒的に多い。これは敗戦後に我先に国会議員になった人たちがそのまま当選を続けているうちに一斉に老化した時代に遭遇したからだった。中には戦前からの国会議員も居て、小便を自分ではできない老人も居た。うら若き女性秘書がズボンのチャック係りを勤めていた。初めて便所で遭ったときは吃驚した。その代り女性秘書の影響力は絶大だった。
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また衆議院2階には閣員便所というのがあった。閣僚が専用に使うところらしかったが民主化と共に近くにある記者溜りの記者たちも使うようになっていた。昔、NHKの記者が中に座っていて、閣僚二人が用を足しながら倒閣運動を始める相談をしたのを聞いて特ダネを物したという伝説が残っていたところである。そのトイレに入ってドアを開けたら官房長官が居てズボンをずり上げていたので、なぜかこちらがあわててドアを閉めた。閉める時に目が合ったから、しばらくバツの悪い思いが続いたものだ。
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総理大臣といえば70歳ぐらい、衆議院議長はそれより上、閣僚は60歳前後。だからその昔、田中角栄が30代で郵政大臣になったと言うのは当時としては破格のことだったのだ。それくらい老人社会が政界だった。とはいえ、現在でもそんなに若くはなっていない。マフラーに拘ったりリーゼントに時間をかけたりという総理大臣でも60ぐらいにはなっている。
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ところで老人はたいてい経験が豊富だし、人脈も多い。閣僚を何回もやっていれば省庁の役人からの情報も握っている。長い人生の過程で喜怒哀楽のそれぞれの極限まで体験しているから貫禄がある。それを名刺1枚で面会できて仕事をするのだから、政治記者こそは人生の大学院だ、と表現したのが東京オリンピックを差配した実力者大臣河野一郎だった。
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なるほど老政治家はだから高い地位に着くわけだが如何せん70も過ぎると物忘れが酷くなる。度忘れもする。足元は次第に怪しく手先の震えも目立つようになる。ところがかの辣腕記者はそこがつけ目だったのである。
彼によると、老人を若者は次第に避けるようになる。年を経て地獄耳だから情報は案外持っている。しかし出すところが無い。政治家ほどお喋りの好きな種族は居ないそうだ。得た情報を「此処だけの話だがな・・・」と声を顰めながら喋る快感を味わいたいのである。辣腕氏はそういうところへ襲撃をかけるのだそうだ。
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注意することが二つある。第一に礼儀正しくしなくてはいけない。
年寄りは礼儀にうるさい。部屋の出入りにはきちっとお辞儀すること。特にメディアの記者はぞんざいに振舞う人種としてそこを嫌われている。煩くは言わない、部屋に入る時と出るときだけはお辞儀をきちっとすること。
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その次が一番大事だ。老人はボケ始めているから記憶力が低下し昨日こちらが耳にいれた情報を今日、こちらに教えて嬉しがるようなことが起きる。勝負はその時だ。「それは昨日私が先生にお教えした話じゃないですか」などといっては身も蓋もないことになる。気づかないフリをして聞き流すこと。老人のボケはまだらだから、その話を披露しているうちに、アレツ、この話はこいつが昨日持ってきた話だぞ、と気づく、それなのにこいつは知らんフリをして聞いているぞ、参ったなこりゃ、一本とられたわい、と胸をなでおろす。なでおろすばかりかボケを黙って見逃した相手に畏敬の念すら抱くようになる。信頼どころじゃない、絶対になる。こうした信頼のネタもとを5、6人持っていれば大体政治記者は務まるよ。
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私は恐れ入った。これは政界に限った話ではない。何時の世もどこにでも老人はいる。老人はますます増える。その老人は勢力や権力を持って中には邪悪な力を振り回すことが多い。
その時にこれに真正面から立ち向かってはこちらが損をする。それよりは従うフリをして老人を利用する方法を考えた方が良い。また礼儀のことは私自身、記者から秘書官になって初めに大臣から注意された時に気がついた。ぞんざいな振る舞いが身についてしまっていた。部屋の出入りは勿論、途中ですれ違う時でも立ち止まってするお辞儀は見ていて気持ちのいいものだ。戦後といっても既に遥かだが、この間、礼儀は果てしなく崩れて久しい。背筋を伸ばすこともお辞儀の仕方も学校で教えないらしい、家庭でも教えないのだから若い人がお辞儀がちゃんとできなくて当たり前になったが、中で一人礼儀正しい人が居たら、それだけで目立つだろう、と思う。
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