復活?真紀子のやること

渡部 亮次郎


 世紀の偽書とされる「シオンの議定書」の通りに日本はテレビによって破滅の道を歩いている。
「シオンの議定書」とは初めユダヤ民族の世界征服計画決定会議(於・シオン)の議事録と騒がれたが、事実は国内のユダヤ人の言動に手を焼いたロシア人がその迫害を正当化するために作った「偽書」ということになっている。ユダヤ人たちはこんなこと=世界征服を企んでいるぞ、だから今のうちに押さえ込まなくてはいけないと全ロシア人に警告するためにあるロシア人がでっち上げたもので「19世紀最大の偽書」と言われるわけだ。
ロシア側は「いや、おれたちは無関係だ」と今も言っているが、シオンの議定書の恐るべきは1書かれた9世紀の段階ですでにテレビの出現を予想するばかりか、それを使っての世論操作を予告していることである。「20世紀になれば、四角い箱の中から電気と言うものによる映像や音声があらわれ、さながら実物のように人語を語る。国民は等しくこれを一斉に見聞きするから、権力者はこれによって国民の頭の中を一瞬にして支配すること、極めて簡単となる」と言った趣旨のことだった。

 私がこれを読んだ時は、既に評論家大宅壮一が「テレビで日本の国民は一億総白痴化する」と喝破したあとだったので、そう驚きもしなかった。月刊雑誌「文芸春秋」2003年3月号も小泉首相の「ワンフレーズ・ポリティックス」(一言政治)をダメ政治、テレビ政治と批判する根拠として大宅論を引用している。
 確かに小泉政治はテレビを徹底的に利用して存立する悪政だが,それをいうなら復活確実と言われる田中真紀子の方がもっと危険だといわなければならない。いな、二人同罪というべきである。二人は意表をつくワンフレーズで一億の耳目をそばだたせ、形(なり)振り構わぬ強い者いじめで人気をとり、それ故の力で与党内は勿論、いわゆる抵抗勢力を沈黙させ、「構造改革なくして成長なし」路線をやろうとした。
ところが片割れ真紀子の想像を絶するドけち故のねこばば事件での辞職で内閣の人気はがた落ちし、爾来小泉は、元気がない。公約違反は当然、何もかにもが裏目に出て、外見、満身創痍の状態だ。

 これを見て真紀子がどう思っているか。さっぱりテレビに出てこないから判らないが「何さ、私をクビにしたからよ」と思っていることは間違いあるまい。何しろ真紀子あっての棚ぼた小泉政権誕生だったのだから。焦った小泉はアメリカの制止を振り切って北朝鮮訪問を断行し、してはいけない共同文書調印までして人気挽回を図ったが、付け焼刃でしかない。
そんな中、東京・下町の婦人たちの話を聞く機会があった。50から70歳近い人たちで、殆どがパートに出ている。新聞は全く読まず、もっぱらテレビのワイドショウからしかニュースを得ない、いやむしろテレビがあるから新聞は読む必要がない、雑誌も美容院に行ったときにチラツと見る程度と言う人ばかり。20人ぐらい居たが、全員が真紀子支持、小泉反対、アメリカ(イラク問題)反対であった。驚くべきテレビ支配というべきである。共産党員は居ないようだったが、創価学会員はかなりいた。「鈴木宗男は自分だけのハラを肥やしたからダメよ。真紀子さんはいやらしいエリートだかなんだか偉そうな奴を懲らしめたからいいのよ、外務省のいやらしい奴ら、真紀子さんが出ていかなかったら、退治ができなかったわよ。偉いわよ真紀子さん。もの言いもいいわよ、ズバズバツとで。下品?関係ないわよ。ズバズバツが下品とはどういうことよ。真紀子さん早く出てきてほしいわー」いやはや当たるところ敵なし。大変な真紀子待望論である。

 ご承知のように新聞や雑誌を読んでいた人と、テレビしか見ない人たちとでは真紀子処遇について当時も反応は真っ向から違った。活字のニュースは事の背景も伝え、それ故に真紀子、徹底的に不利だった。しかしテレビは背景にある事情や理屈は「絵」にならないものだから一切伝えなかった。たとえば彼女が外務省人事課に押し入り、権限のない事務官の女性にキャリア事務官転属の辞令を作れ、と理不尽な事を要求し、遂に何時間も監禁してねばって居るところをテレビがそれこそ実況中継でもしたら、アラ、ちょっとひどいわね、となって少しは批判も出ただろう。しかしそれはなかった。
 私はかねて日本海岸選出の老代議士の話として聞いていた事件がある。先生は角さんに頼まれて選挙区の若い女性を田中家のお手伝いとして入れた。ところが「お嬢さんのやり方に我慢なりません」とたびたび言ってくるようになった。だが我慢しなさいと言い聞かせていた直後に事件は起こった。雨の降る日、庭に土下座させて説教を垂れられた。買い物のことでだった。とうとう我慢ならず上野から郷里へ逃げ帰ろうとしたところ真紀子が先回りして上野駅にいた。衆人環視の中、髪の毛をわし掴みで車に押し込まれて目白の戻された。これを暴力と言わずして何を暴力というのか、許せん、と代議士は角さんに頼んで帰郷させた、と言う話だった。

 角さんはのちに「おれが政権を投げ出したのも真紀子があまりにも喚いたからだ」と言ったことがある。妊娠中の身で、「辞めなければ此処から飛び降りるツ」と二階の窓を開け放ったのだという。怒り出すと見境なくなるのは、殆ど性格というべきだろう。
 真紀子が当選2回にして村山内閣の科学技術庁長官になって世間を吃驚させた。しかしやったことは役人との喧嘩だけだった。富士山と同じで、そばで真紀子を見たものは、その醜いやりくち故に二度と近寄らない。だが、遠くから見ている者には判らないしご本人にもそれは絶対に判らない。真紀子にかかっては、世間では、他人とは徳の有る者に寄ってくるものではなく、権力の有る者に従ってくるものと見ているようだ。

   一連の騒ぎの前後に出版された本を読んでみた。「角栄と真紀子の三十年戦争」(大下英治)、「異形の将軍」(津本陽)、「裸の女王様」(穂刈英嗣)、「田中真紀子の正体」(上杉隆)、「田中真紀子研究」(松田史朗)、「田中真紀子」研究(立花隆)、「田中角栄邸書生日記」(片岡憲男)など。そこに共通するものは、すべて角栄のやることと逆のことで、どうやればこんな極悪非道の振る舞いが出来るのかと思うものの連続であり、想像を超える吝嗇(けち)ぶりである。それこそ使用人に立替させた金を忘れたフリをするのはしばしばだと書いてある。
ゆくりなくも思い出した。「金持ちは金が要らないというのは貧乏人の考えることだ、ますますカネが要るんだよ。掴んだカネを放さないから金持ちなんだ」とは父親の角さんから聞いた言葉だ。角さんはそうは言いながら決して吝嗇ぶりは見せなかった。むしろ「カネは儲けるより掴ませる方が難しい」と言っていたものだ。それが娘は並外れてのケチということだと、ケチはDNAとしての遺伝には含まれないものだと思ってしまう。或いは親の残した資産が莫大なので却ってケチになるのかもしれない。

 いずれにしろ、新潟で次の解散総選挙で真紀子が立候補することは間違いなく、当選もテレビがある限り確実だという。訳の判らぬ言動に解説が無く、意表を衝くワンフレーズがテレビで乱発されると、東京・下町のように新潟の有権者は騙されるのだろうか。当選したその時、小泉氏がどうなっているかはわからないが、膾を吹くことは間違いなかろう。しかし他の人で羹にまだ懲りてないならば人気にあやかろうとゴマをするだろう。性格は雀百まで。親父さんには厳しかった立花は真紀子に対しては「大化けすればものになる」といっているのだが大化けは絶対に不可能であることは外務省で富士山の素顔を見た人たちは知っていよう。(此処までを友人に読ませたら、真紀子はもう出てこないと僕は思うがなー、といった)。息子に血筋の良い嫁を持たせてハイソサイテー入りを目論んだのに裏切られた。それじゃ長女をどこかの金持ちにと期待したらこれまた逃げられた。「こうなったら今度はうまくくすねる道を考えて政界に復帰する以外に遊ぶ方法はない」。(文中敬称略)