お江戸の”鍋焼きうどん”    古沢襄


昔から「ソバは東京、ウドンは大阪」といわれてきたから、東京生まれでいっぱしの”江戸っ子”気取りでいた私はソバ通のふりをしていた。

しかし小学校の頃はオヤジが近くのそば屋によく連れていってくれた。そば屋で食べたのは”うどんかけ”。それも「うどんは具のない”かけ”がいい」というオヤジの講釈付きだった。

うどんそのものは、なんの変哲もない普通のうどんだが、うどん汁の味が忘れられない。

大学時代、同じ下宿で黒磯から出てきた渡辺幸雄さんと同宿したが、兄貴ぶって朝はそば屋に連れていってお互いに二杯ずつ”うどんかけ”を食べた。

先輩ぶって「うどんは具のない”かけ”がいい」・・。素直な幸雄さんは栃木弁丸だして「兄貴、うどんはうめーなあ」。この幸雄さんが副総理・渡辺美智雄氏の従弟とは知らなかった。

ここのそば屋は朝打ったウドンを大鍋で茹でて、ほかほかの湯気が立つ”うどんかけ”。うどん汁も煮干しと鰹節のいい匂いがして、東京風の濃口醤油を使っている。

政治記者になって南平台の岸首相番になったが、ある日抜け出して、このそば屋に行った。大学時代に食べた”うどんかけ”の味が忘れられなかったからである。

だが、そば屋の主人が代替わりしていて、”かけ”の味が違う。こちらも政治記者になって口が奢っていたせいもあるかもしれない。

政党記者になって前尾繁三郎さんのところに夜回りをかける様になった。前尾さんのそば好きは政界でも有名で、後に日麺連名誉会長を一〇年以上もやっているが、「旧制第一高等学校に入って東京の蕎麦を初めて食べたのだよ」と打ち明けてくれた。

京都といっても遠く離れた日本海沿岸の田舎町で育った前尾さんだったから、時折、母が打ってくれた手打ちウドンしか知らなかったという。本好きの前尾さんから「ソバは東京、ウドンは大阪」と教えて貰った。

「関西のウドンはほとんどが太(ふと)打ちの”かけ”。東京のソバは細打ちの”盛り”」

「関西のウドンやソバの汁は淡口醤油を使う薄味(うすあじ)。東京のソバ汁は濃口醤油を使うから濃厚」

前尾さんに蕎麦談義をやらせると、とどまるところを知らない。それで”江戸っ子”気取りでいた私も本当のそば党になってしまった。

しかし、政治記者を卒業して肩書きがつく管理職になったら、新聞協会の労務委員長になったりして、地方紙との付き合いも付き合いも増えた。

「江戸っ子なら江戸時代に流行った”鍋焼きうどん”を知っているだろう。いい店に連れていってよ」と酒の席でせがまれてハタと困った。”鍋焼きうどん”なんて聞いたことも食べたこともない。

いまならネットで”鍋焼きうどん”のレシピをみて、物知り顔をして”鍋焼きうどん”のうまい店に案内するところだが、大急ぎでうどん通の部下に電話をして浅草のうどん屋を教えて貰って、皆を連れていった。

内心は冷や冷やものだったが「さすが江戸の”鍋焼きうどん”はうまい」と褒められて面目をほどこした。

日をあらためて一人で”鍋焼きうどん”を食べにいった。褒められはしたが、冷や冷やものだったから味など分かるものではない。

二度目の”鍋焼きうどん”で、シイタケ、かまぼこ、ニンジンやネギなどの野菜類、エビの天ぷら、生卵、麩などの具を乗せた贅沢なうどんには驚いた。それで、すっかり鍋焼きうどん党になった。

グツグツと沸騰したままの鍋で食べるのは冬の味覚。昨年は体調を崩して、浅草まで”鍋焼きうどん”を食べに行けなかったが、次女が来るというので近くのそば屋に”鍋焼きうどん”を食べに行こうと誘ってみた。

茨城の”鍋焼きうどん”では、どうかなという気もあったが、これが好評。浅草の味とさほど変わらない。煮込むのに時間はかかるが、待つのも楽しからずや。春いっぱいは、茨城の”鍋焼きうどん”にはまることになりそうだ。

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