漢の皇帝劉邦が怖れた北アジアの匈奴   古沢襄


日本ではモンゴル帝国のジンギス汗のことは、よく知られているが、漢王朝を震撼させた匈奴の冒頓単于のことは、ほとんど知られていない。

紀元前200年のことだが、北方の匈奴は丁零、高車など北アジアのトルコ系遊牧国家を服属させて、南の太原に侵入してきた。

江南の楚人・項羽は勇猛さで知られたが、垓下の戦いで漢の劉邦に敗れた、勢いに乗った劉邦は大軍を率いて匈奴を迎え討つ。折から大雪と寒波に見舞われた漢軍は難渋を極めた対匈奴戦となった。

匈奴の冒頓単于は漢軍をさらに北へ誘い込む作戦をとった。この偽装撤退に乗ってしまった劉邦は「白登山の戦い」に誘い込まれて、七日間も匈奴軍に包囲されて手痛い敗北を喫した。

■白登山の戦い

楚王項羽を滅亡させて中国再統一を果たした皇帝劉邦は、匈奴へ備えるために韓王信を代(現在の山西省)に派遣するが、匈奴の脅威を間近で見た韓王信は匈奴との和平を唱えた。

これを裏切りとみられた韓王信は、匈奴に投降した。韓王信の軍隊を加えた匈奴は40万の大軍で太源へ攻め込んできた。

劉邦は32万の軍勢をひきつれて平城で匈奴を迎え討った。

だが劉邦の本隊は、弱兵ばかりに見せかけた匈奴軍の偽装退却にだまされて進撃して孤立してしまい、白登山で包囲された。

この時、匈奴軍は北方の軍団は黒馬、南方の軍団は赤馬、西方の軍団は白馬、東方の軍団は白面の黒馬に乗って漢軍を包囲していたという。

7日間包囲されていた劉邦は陳平の献策に従い、冒頓単于の妻に贈り物をして包囲の一角を開けさせた。

劉邦の軍勢はそこから包囲を抜け出し、命からがら長安に逃げ帰ることが出来た。この時、漢軍兵士の10人に3人は凍傷で指を失っていた。(ウイキペデイア)

これ以降、漢は匈奴と和睦して匈奴に対して毎年貢物を贈った、『史記』に匈奴との屈辱的な講和条約の締結が記されている。

漢の宣帝の時代になると、匈奴の単于が漢に入朝し自ら臣と名乗る。皇帝は大いに喜び、後宮の美女・王昭君を単于に嫁がせている。王昭君は支那四大美女の一人。

さしもの猛威を振るった匈奴だったが、紀元48年に北匈奴と南匈奴に分裂、内紛によって急速に力を失った。南匈奴がまず漢王朝に降り、北匈奴も紀元91年に漢軍に大敗した。文字を持たぬ匈奴だったので、北アジアを支配した実相については詳細が分からない点が多い。

■匈奴の狼始祖伝説

匈奴(きょうど 紀元前209~)の君主・単宇(ぜんう)に二人の娘がいた。容姿が極めて美しいので、天に嫁がせるため高台に四年置いたが、ある日老いた狼がやってきて、穴を掘って住みついた。

姉は畜生を嫌って高台を去ったが、妹は狼の妻となり、子を産んで高車・丁零という国家を成した・・・狼始祖伝説。

匈奴がモンゴル種なのか、トルコ種なのか定説がない。だが高車・丁零の建国神話でみるかぎり匈奴も古代トルコ民族が多数を占める連合体だった可能性が強い。

高車のことを中国の史書は「高輪の車を使用する丁零族」と書いている、

この言葉から背の高い丁零族が想像できる。漢人が驚く背の高い丁零こそは、最古の古代トルコ族といわれている。

言語学者は「トルコ→テュルク→テイレイ」と読み解いている。高車丁零の後身に「鉄勒(てつろく)」という強大な国家が現れ、やがて突厥(とっけつ)国家が誕生する。

「→テツロク→トッケツ」と読み解くと、ジンギス汗が現れる(十二世紀)前の北アジアは、狼始祖神話を持つ古代トルコ民族が強大な勢威をふるっていたことが想像できる。

突厥(とっけつ)は六世紀から頭角を現し、東は興安嶺から西はウズベキスタンのソグド地方に至る空前の地域を制圧、古代トルコ大帝国を建設した。

しかも北アジアの遊牧民族史上はじめて文字を用いて、オルホン碑文を残している。しかし、支配する領土が余りにも広大だったから、この遊牧帝国はアルタイ山脈を境として、東西の両帝国に分裂している。

突厥にも狼の始祖神話がある。鉄勒の末期に隣国と戦って、ただ一人生き残った十歳の男の子が、牝狼が住む洞窟に匿われ、それと交わった。やがて十人の男児が生まれ、その子孫が繁栄して突厥帝国を作ったというものである。この下りは「周書」や「隋書」、「北書」に出ている。

東西に分裂した突厥(582)は、西突厥が739年に滅び、東突厥も744年に滅亡。いずれも唐の太宗の時代である。

十二世紀になってジンギス汗が現れるまでの北アジアは、群雄割拠の時代だったが、東の「金」と西の「西夏」が栄えている。女真族の国である金の始祖神話には、日本の羽衣伝説に似たものがある。

その昔、長白山の湖に三人の天女が舞い降り、水浴びをして遊んだ。その時、カササギが赤い実をくわえてきたのを、一番下の妹の天女だけが食べてしまった。妹は身ごもり、そのために再び天にかえることもできなくなった。

そして天女は赤子を生んだが、その子は、大変聡明で利発な子に成長し、やがて川を下っていって、人々を治めるようになった。それが、女真族の始祖プクリ・ヨンジュン。

西夏はチベット系タングート族が作った国だから、狼始祖神話も犬始祖神話も持っていない。草原を制圧した「古代トルコ民族=狼」の時代が終わり、十二世紀のジンギス汗が登場が迫っている。「狼=トルコ民族」から「犬=モンゴル民族」へ舞台役者が交代しようとしている。

Leave a Reply

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.