Archive for the ‘日本の歴史と神話’ Category
木曜日, 11月 10th, 2011
いま、祝日となる旗日は、元日(一月一日)から天皇誕生日(十二月二十三日)まで年間十五日だ。日曜日と重なると翌日は振り替え休日になるが、来年それが三日もある。今年はなかった。
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土曜日, 11月 5th, 2011
この一ヶ月間ほど真田幸隆、昌幸、幸村の”真田三代”の資料を読み漁っている。真田一族が活躍した信州の上田で少年時代を過ごしたので、大人になってからも機会があれば、真田文書をかき集めてきた。しかし調べれば調べるほど、真田の出自は謎に包まれている。資料を再読すると、以前は気がつかなかったことが分かる楽しさもあるのだが・・・。
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水曜日, 7月 6th, 2011
東日本大震災は、日本国民の精神性がきわめて高いことを、世界へ向って示した。
日本が世界の手本になったと、いってよかった。私はこのような精神をつくってくれた先祖に、あらためて感謝した。
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火曜日, 5月 17th, 2011
明治十六年 壬未(ミズノエヒツジ・・・1883年の記録)
【巣郷本の記録】
作柄は中作なり。閏あり。(「下幅本」「白木野本」「草井沢本」ともに記録なし)
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月曜日, 5月 2nd, 2011
古代の四世紀は空白だと歴史に関心を持つ人たちはよく言う。北アジア史にしか関心がなかった頃だから聞き流してきた。そんな私をみて「これを読んでみろ」と渡されたのが松本清張氏の「空白の世紀」。だが小説家が書く歴史物なのだから、パラパラとめくって放っておいた。
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土曜日, 4月 30th, 2011
西和賀町の「銀河ホール」の前にある蕎麦屋で、作家の高橋克彦さんが『炎立つ』の長編小説を書いた裏話をしてくれた。『炎立つ』は北の王者だった安倍一族の興亡史を描いたものだが、安倍氏に関する史料は少ない。朝廷に叛いた蝦夷という位置付けだから、ほとんどの史料は抹殺されている。あるのは朝廷側からみた征討軍の戦記物だけといっても言い過ぎではない。
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木曜日, 4月 28th, 2011
大型連休に入る。もっとも海外はゴーデンウイークではない筈だから、海外ニュースはいつも通り飛び込んでくる。国内の政局の動きは小休止となるのではないか。私にとっては、もっけの幸。日頃、書きかけだった歴史と神話の記事をボチボチ完成させようと思っている。
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日曜日, 4月 17th, 2011
北方領土問題をめぐる日露首脳会談で双方の見解が一番近くなったのは、「川奈会談」と「イルクーツク会談」だったといわれる。しかし、この首脳会談はいずれも秘密交渉だったから、記者会見が行われたものの真相は定かでない。
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水曜日, 4月 13th, 2011
東北新幹線の復旧が予想以上に早いテンポで進んでいる。この一ヶ月間、震度四以上の余震が百回も襲っているというのに、このままいけば五月の連休頃には全線が復旧するという。
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金曜日, 4月 1st, 2011
初めてシベリアのバイカル湖を訪れて10年以上の歳月が去った。その時に通訳についてくれたのがイルクーツク大学日本語学科の女子学生だった。長身で涼しげな目をしたブリヤート娘だったが、聡明で誇り高き性格に惹かれた。
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水曜日, 2月 23rd, 2011
明治十一年 戊寅(ツチノエトラ・・・1878年の記録)
【巣郷本の記録】
花巻より警察所が沢内に移ってきた。この年より沢内通りは西和賀郡となった。(郡役所を新町に置く。「沢内村史―年表」)
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日曜日, 2月 20th, 2011
岸内閣の退陣以来、一つの内閣の終焉を数多く見てきたから、菅内閣の末路については、さほど関心を持たない。政権が末路を迎えると側近といわれる人たちは新聞を隠すようになる。忙しい総理のために・・と口実をもうけて差し障りのない切り抜きを作って総理室に届けるのが多くのパターン。
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火曜日, 1月 25th, 2011
何年か前に安倍晋太郎氏が北の王者・安倍一族の末裔だと書いたことがある。グーグル検索で「安倍晋太郎」と入れると安倍家の系譜にそのことが出ていた。晋太郎氏は元毎日新聞の政治記者、共同の清水二三夫氏、日経の大日向一郎氏と親しい仲であった。大日向氏には「岸政権・一二四一日」の著書がある。
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火曜日, 1月 25th, 2011
昨年は政権後退の様相をよくよく見せつけられ、読ませていただきました。暮れの通信では西村慎悟氏の「忘れ得ぬ言葉よ」古澤先生の「日本政治は世界政治のローカル」「トイレの神様を聞く」が心に染みました。
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火曜日, 1月 25th, 2011
明治六年 癸酉(ミズノトトリ・・・1873年の記録)
【巣郷本の記録】
酉より(この年より)地券さらにお調べ始まった。(明治五年の地租改正に伴い、政府が土地所有者を確認調査をする必要があった。この調査によって土地所有者に土地所有権を証明した証券を与えた。この券記載の
地価に基づき地租が賦課された。)
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月曜日, 1月 24th, 2011
神武東征(じんむとうせい)は、初代天皇であるカムヤマトイワレビコ(神武天皇)が日向を発ち、大和を征服して橿原宮で即位するまでの日本神話。この中に八咫烏が出てくるが、高句麗の建国神話・三本足のカラスとの類似が指摘されている。
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月曜日, 1月 24th, 2011
中国や朝鮮などの古代神話に登場する”三足烏(さんそくう)”だが、韓国の朝鮮日報が「韓国文化の中でどのように形成され、時代によってどのような変化を遂げ、現代に至ったか」という美術史を専攻する学者の著作を紹介している。
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月曜日, 1月 24th, 2011
大島浩(おおしま・ひろし 1886年4月19日 – 1975年6月6日)と言っても知る人は少ない。元陸軍中将、アドルフ・ヒトラーの信頼を得た駐ドイツ特命全権大使、戦後、極東国際軍事裁判ではA級戦犯として終身刑の判決を受けたが、昭和30年(1955)に仮釈放されて、昭和50年(1975)に89歳で亡くなっている。
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日曜日, 1月 23rd, 2011
日曜日なので久しぶりに寝坊をした。愛犬バロンは腹を上にしてイビキをかいている。寝ぼけ眼(まなこ)で昨日の杜父魚ブログ記事のアクセス状況をグーグル検索で調べたら「項羽と虞美人草の伝説」という昨年の元日に書いたエッセイが七〇〇〇本の記事中、二位につけている。
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土曜日, 1月 22nd, 2011
菅首相は民主党政権の脱官僚路線について「行き過ぎがあった」と反省の弁を述べた。このところ菅政権は自民党政権かと見間違うくらいの政策変更が次々と打ち出されている。
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土曜日, 1月 22nd, 2011
「現代の橋本左内」と機密漏洩テロリストを一緒には論じられない。若泉敬の愛国が蘇る力作、その保守思想家にして行動者への思い入れ。
<<森田吉彦『評伝 若泉敬――愛国の密使』(文春新書)>>
若泉敬――懐かしい名前である。「愛国の密使」という副題もなかなか考え抜かれている、と思った。沖縄返還の密使として日本外交の舞台裏で大活躍した若泉は、国士でもあり、伝統保守主義でありながら、歴史家アーノルド・トインビーの文明論にも惹かれ、国際的な視野にたって、外交安全保障分野では数々の論文を書き残した。若き頃から『中央公論』などで大活躍だった。
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土曜日, 1月 22nd, 2011
英米と決別してナチス・ドイツと同盟関係を結んだ戦前の日本の歴史については、多くの研究書が著されているので、私が駄文を連ねる必要がない。戦後、平凡社の歴史事典編集部でアルバイトの原稿取りを二年ほどやったことがある。
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木曜日, 1月 6th, 2011
正月の台風一過、わが家は五日から老夫婦と犬一匹の生活に戻った。十六畳のリビングが急に広くなった感じがする。庭に面した日当たりのいい所にソファーが置いてある。十五年以上も使っているので、買い代えた方がいいのだが、チロ、バロン一世、バロン二世が使うソファーなので、そのままにしてある。
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日曜日, 12月 26th, 2010
明治二年 己巳(ツチノトミ・・・1869年の記録)
【巣郷本の記録】
この年もお役人様が通ること限りなく続いた。この年、南部藩の関所である越中畑の御番所は役人も引き揚げられ無くなった。この年光銭一文(微量の金、又は銀を含んだ一文銭)は十二文となって売買された。田畑の作物は下の下作となり、沢内通り一円は種を採ることができなかった。
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金曜日, 12月 3rd, 2010
元治元年 甲子(キノエネ・・・1864年の記録)
【巣郷本の記録】文久四年に改元があって元治元年となった。
【「岩手県史―第12巻(年表)」より】
三月盛岡藩主南部利剛領内東海岸を巡視砲台を築く。七月武田耕雲斎の騒乱起こり盛岡藩兵江戸に上る、後九月藩主利剛も出府する。七月八戸藩主南部信順京都警衛を命ぜられる。十二月二十八日八戸町大火三百五十六軒寺院三ケ寺他を焼く。この年、稗貫志和地方打直検地新田検地あり。
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火曜日, 11月 23rd, 2010
安政元年 甲寅(キノエトラ・・・1854年の記録)
【巣郷本の記録】
作柄は上作であった。木の実(栗、栃、ぶなのみ、ドングリ、ヤマブドウ等)が多かった。
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火曜日, 11月 23rd, 2010
桜井よしこ氏が寄稿している「週刊ダイヤモンド」に細川護煕元首相のブレーンだった田中秀征氏も寄稿している。その論は先見性に富んだもので、教えられる事が多い。長野県人だが、この土地から幕末の佐久間象山のような鬼才の兵学者・思想家が生まれている。
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金曜日, 11月 5th, 2010
弘化四年 丁未(ヒノトヒツジ・・・1848年の記録)
【巣郷本の記録】
作柄は下作であった。年貢割合は元歩より四歩引きであった。七月初め頃より稲穂が少し出た。その頃より雨降り続きで大飢饉の様相であったが、八月は日照り続きで霜も降らなかった。刈り取った稲一束(稲を手で刈り取り小束にしたものを10束を合わせて1束・イッソク)から一升三合、よい田では一升五合(籾)収穫できた。入石(買い入れた米)一升(1.5㎏)五十文(約1,500円)ぐらいであった。
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火曜日, 10月 12th, 2010
天保十二年 辛丑(カノトフウシ1841年の記録)
【巣郷本の記録】
☆作柄は中作 ☆御用金百五十両
作柄は中作であった。年貢割合は元歩より一歩引きであった。また、御用金(臨時徴収金)は百五十両(約、1,500万円)を仰せ付けられた。この御用金は小割(分割して)として納めることになった。正月閏あり。(「御用金百五十両は小割となる」は個々人に分割され、さらに納入時期も分割納入されたと思われる。)
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土曜日, 10月 2nd, 2010
秋の晴れ間を利用して茨城県八千代町川尻にある赤松山不動院に行ってきた。私の家から車で四十分ほどのところ、この地の土豪で後に古沢姓を名乗った赤松家の墓所がある。この十数年、年に二、三度はこの墓所に来て調査を重ねてきた。
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土曜日, 10月 2nd, 2010
中国人船長を国内法を無視して釈放してしまった事件に関して、大津事件が思い起こされている。来日中のロシア皇太子を襲った凶漢に対して、政府はロシアを怖れて、死罪を求めるが、国内法を守って、それに待ったをかけたのが大審院(最高の司法裁判所)院長・児島惟謙(これかた)だった。
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日曜日, 9月 26th, 2010
天保八年 丁酉(ヒノトトリ・・・1837年の記録)
【巣郷本の記録】
☆疫病はやる ☆大飢饉の費用供出
凶作。年貢割合は元歩より四歩引きとなった。一歩銀(一枚で、1両の1/4・1,000文。約25,000円)が始めて沢内通りに来た。
疫病(高橋又郎氏・高橋克彦氏の父、医学博士によれば、栄養失調になっているから種々の病原菌に犯されやすかったと思う。特に疫痢、赤痢が蔓延したと思うということであった)が流行した。去年の申年(1837)より今年六七月まで餓死した者は何万人になるのか数えることが出来ない。この大飢饉にあたり沢内通りで費用の供出を仰せ付けられた人数は次の通りである。
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水曜日, 9月 22nd, 2010
秋になったら夏に続いて信州旅行をするつもりでいたが、急遽、それを変更して東北の津軽旅行をすることにした。東北の古代・中世史を考察するうえで、津軽地方の歴史は無視できない。個人的なことをいえば、父・古沢元は弘前の第八師団から満州のハイラルに渡り、侵攻してきたソ連軍と戦った。また第八師団は昭和天皇の皇弟・秩父宮少佐が大隊長として赴任している。二・二六事件の頃である。
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月曜日, 9月 20th, 2010
長崎新聞(2010/9/3)に嬉しい記事があった。抜粋(抄録)する。《第13回日本自費出版文化賞の最終選考会で、大賞に対馬市厳原町の郷土史家、永留久恵さん(89)の「対馬国志」(全3巻)が選ばれた。同賞は自費出版の普及を目的に日本グラフィックサービス工業会が主催する。
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日曜日, 9月 19th, 2010
天保五年 甲午(キノエウマ・・・1834年の記録)
【巣郷本の記録】
☆作柄は上々の出来 ☆穀物の値下がる
作柄は上々の出来であった。七月より穀物の値段が下がった。白米は一升(1.5㎏)が二百文(約5,000円)から段々値下がりして、十月頃には六七十文(約1,750円)ほどになった。大豆は一升四十文(約1,000円)くらい、小豆は一升三十四五文(約、875円)籾稗一升十五文(約、375円)くらいになった。
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日曜日, 9月 19th, 2010
ブログを運営している楽しみは、その土地の歴史に携わるブログと出会うことである。信州・上田に縁がある私は真田一族の出自に関心があった。杜父魚ブログにいくつかの”真田もの”を書いてきた。これを読んだ信濃大門氏から「渤海国人船代」など貴重な真田一族の研究ブログを寄せて頂いた。「歴史と神話 杜父魚ブログ」に転載させて頂いてある。
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月曜日, 9月 13th, 2010
十一回に及んだ「年表 古沢元・真喜夫婦作家を生んだ大地と人たち」を書き終えてほっと肩の荷をおろした感慨に耽っている。年表だし、昭和文学史に関心がある人や長野県と岩手県の人たちにしか読まれないと思っていたので、杜父魚ブログに掲載するよりも、最初から「歴史と神話 杜父魚ブログ」に限定して掲載しようかと迷っていた。
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月曜日, 9月 13th, 2010
天保二年 辛卯(カノトウ・・・1831年の記録)
【巣郷本の記録】
☆七十七年来の寒波と豪雪 ☆飢饉の様相であったが上作 ☆盗人多くなる。
去年の寅年十一月二十三日 小寒入りした。その日から暖かく、二十七日地震があった。天候は良かった。二十八日より三十日まで大変に寒かった。
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日曜日, 9月 12th, 2010
◇3月26日,古澤襄編『びしやもんだて夜話――古澤元・古澤真喜遺稿集』を三信図書から刊行
◇4月5日,『岩手日報』が夕刊1面トップで郷土作家古澤元を紹介
◇5月3日,古澤元没後36周年
◇『びしやもんだて夜話』の紹介、『読売新聞』読書欄をはじめ『秋田魁新報』読書欄,『信濃毎日新聞』文化消息欄,『京都新聞』コラム,『福井新聞』コラム,『南日本新聞』文化欄,『神奈川新聞』学芸欄,『河北新報』読書欄,『西和賀タイムス』などに掲載される
◇池田源尚が古澤元・真喜を回顧したエッセイ「碧き湖を求めた夫婦」が『富山新聞』『北国新聞』に掲載される
◇深山栄が「激動の時代生き抜く」を『北日本新聞』に発表
◇岡田光正が『びしやもんだて夜話』を紹介した「ある遺稿集」を『北海道新聞』に発表
◇『広報さわうち』が「古澤元の生涯」と題して特集
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日曜日, 9月 12th, 2010
■1972年(昭47) 真喜63歳・襄41歳
◎1月9日,真喜は満62歳に
◎2月,真喜は小説300枚の構想をまとめ,「碧き湖は彼方」と題して書き始める
☆◎3月,襄が共同通信社の富山支局長に異動。家族も富山に移り、ふたたび真喜の独居生活が始まる
◎4月16日,武田麟太郎の葬儀委員長を務めた川端康成がガス自殺。真喜はショックを受ける
*5月15日,沖縄返還
*7月7日,田中内閣発足
◎10月4日,真喜が神奈川県相模原市の自宅で脳血栓で倒れ,左半身麻痺となる
◎☆11月中旬,真喜は襄の運転する車で富山市へ移り,市内の県立中央病院115号室へ入院
◎入院後,富山県内に住む『人民文庫』時代からの親友池田源尚が病院へ真喜を見舞う。27年ぶりの再会
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日曜日, 9月 12th, 2010
☆3月,襄は埼玉大学を卒業、共同通信社に合格
☆4月4日,襄は共同通信社の仙台支社編集部員として上野駅から任地へ向かう。仙台で為田大五郎(河北新報社会部長)と再会
◇5月3日,古澤元没後11周年
☆10月,襄・恵子が入籍
*沢内村長に深沢晟雄、助役に佐々木吉男
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1947年(昭22) 真喜38歳・襄16歳
*1月18日,全官公庁労組が400万人を動員する2月1日のゼネストを宣言
*1月31日,GHQが2.1ゼネストの中止を命令
◇1月,真喜の実家である木村陶器店が再開
◇5月3日,古澤元没後1周年
*沢内村公選第一回村会議員選挙で北島暲男ら22人が当選
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1944年(昭19) 元38歳・真喜35歳・襄13歳
◇1月,武田麟太郎がインドネシアから帰国
◇このころ,元は小説「議事堂」を『正統』に発表
◇1月,『正統』は1月号を以て廃刊
☆3月,襄は愛日国民学校を卒業
◇3月,古澤一家は6年間住んだ牛込払方町から,弟行夫一家の住む中野区都立家政へ転居。借家には畑があって大井上康(おおいのうえ・こう)の“大井上農法”と呼ばれる“栄養周期適期施肥論”の研究・実践に努め,沢内村にも普及に赴く
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1940年(昭15) 元34歳・真喜31歳・襄9歳
*5月6日,菊池寛が提唱した文芸銃後運動の講演会が始まる
◇7月10日,内務省は左翼の出版物に対する弾圧を強化
◇7月,池田源尚・倉光俊夫が『麦』を創刊。古澤元も参加(作品発表は第2号から)。創刊号掲載の池田源尚「運・不運」は改造社の第12回文芸推薦賞を受賞,倉光俊夫は1942年11月『正統』に発表した「連絡員」で下半期の第16回芥川賞を受賞
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1934年(昭9) 元28歳・真喜25歳・襄3歳
◇この年,小石川の白山上に転居。元は「覚え書」に詩を書きつけている。
童 子(わらし)
我 三歳の子もてり/我 妻をめとりて四歳を経ぬ
我 二十八歳にして悲しみを知る
理は心の糧ならず 無謀こそ
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1926年(大15・昭1) 元20歳・真喜17歳
◇古澤元が盛岡中学を卒業。同期にのちの直木賞作家・森荘巳池、警視庁特高課長・伊藤猛虎がいる。弟の岸丈夫は肋膜で留年、そこで古津四郎(共同通信社記事審査室長)と同じクラス
◇3月、加藤新平(京大法学部教授)、佐々木吉男(沢内村助役)が新町小学校を卒業。親族の小田島房志(共同通信社政治部長)は新町小学校を卒業して日本大学に進学
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1912年(明45・大1) 元6歳・真喜3歳< ◎1月8日、木村由信と静司は協議離婚し,由信は旧姓・山崎に戻る
◎1月9日,真喜満2歳<
*4月13日、石川啄木死去
*7月30日,明治天皇薨去,大正と改元
*9月13日,乃木希典と静子夫人は明治天皇大喪のこの日,目白の自邸で殉死
◇11月3日,古澤元の父で古澤家8代目の行道が死去。享年32。戒名は凌霜院行山機道清居士。湯田で鉱山を経営していた行道は,鉱業資材を買い付けに馬で秋田県に向かったが,その途中,大金を狙った二人組に扼殺された。鉱山の争奪をめぐる犠牲とも言われる
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1868年(慶応4・明治1)
*1月27日・旧暦1月3日,戊辰戦争が起こる
*6月22日・旧暦5月3日,奥羽越列藩同盟が成立
*盛岡藩は維新政府軍に降伏
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土曜日, 9月 11th, 2010
■1591年(天正19)
*南部藩の内紛「九戸政実の乱」起こる。二十六代南部藩主の南部信直は、豊臣秀吉の十万の軍勢の助けを借りて九戸城五千の守備軍を攻め、九戸政実一族を滅ぼす
■1601年(慶長6)
*和賀之郷を370年間支配した鎌倉ご家人の和賀氏が、秀吉に従わなかったため滅亡。一族の子孫は土着し、沢内村にもその流れが残った
■1625年(寛永2)
*古澤家の菩提寺となる曹洞宗・一点山玉泉寺が沢内村太田に開山
*助右衛門が湯田村左草を開く
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金曜日, 9月 10th, 2010
東京市牛込区というのは、今では東京都新宿区になったが、戦前はお屋敷街として知られていた。私の家はお屋敷街とはほど遠い貸家が並んだ長屋。前の家は昭和文学史に残る文学雑誌「日暦」の編集者だった古我菊治さんが住んでいた。隣は文学雑誌「人民文庫」の主宰者だった武田麟太郎一家と縁が深い洋裁師の小母さんがいた。いうなら戦前の文学横町だったと言っていい。
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土曜日, 8月 28th, 2010
文政十年 丁亥(ヒノトイ・・・1827年の記録)
【巣郷本の記録】
☆凶作 ☆獄門首
六月閏あり。作柄は凶作。年貢割合は文政五年(1822)より一歩引きの割合であった。この他に沢内中で百駄、約10.5tの割引があった。この割引高は一石(150㎏)の収穫に対して二升八合、4.2㎏ということになる。他領地の秋田・仙台領からの買い入れ米の値段は一升、1.5g当たり四十五文約1,125円であった。
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火曜日, 8月 24th, 2010
今から28年前、中国人民解放軍の海軍提督、劉華清が大戦略を立案した。そこには幾段階かの具体的目標が掲げられており、第4段階の目標は2040年までに西太平洋とインド洋から米海軍を排除し、同海域に中国の覇権を確立するというものだ。
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月曜日, 8月 23rd, 2010
ロシアの沿海州、シベリアの各都市には、二度行ってきたが、どの都市にも赤の広場があってレーニン像や戦車が飾れている。高いモニュメントがあって、大祖国戦争の戦死者の名を刻んだ大きな碑も立っている。その数を合わせると対日戦で、日本軍よりも多くの戦死者を出したことなる。
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日曜日, 8月 22nd, 2010
<武家政権最後の征夷大将軍。明治2(1869)年9月、戊辰戦争の終結を受けて謹慎を解除され、引き続き、駿府改め静岡に居住した。政治的野心は全く持たず、写真、狩猟、投網、囲碁、謡曲など趣味に没頭する生活をおくり、「ケイキ様」と呼ばれて静岡の人々から親しまれた。
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木曜日, 8月 19th, 2010
文政五年 壬午(ミズノエウマ・・・1822年の記録)
【巣郷本の記録】
☆大日照り ☆百姓百五十人陳情 ☆徒党の頭牢屋へ ☆喜左エ門逃げ去る
☆新銭交換 ☆碧祥寺御堂建立
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火曜日, 8月 17th, 2010
八月は鎮魂の月である。これを機会に一人の軍人の生涯をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の全文を引用してみる。根本博(ねもと・ひろし)陸軍中将・・・戦後、いく度か話題になったが、全貌が掴めずに毀誉褒貶の渦のまま忘れ去られてきた。
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火曜日, 8月 10th, 2010
敗戦の日がやってくる。1945年8月15日を長野県上田市郊外の小さな村で迎えた。この村に漫画家の横山隆一さん一家も疎開していた。玉音放送があるというので、母と私はその時間にラジオをつけて聞いたが、雑音が多くてよく聞き取れなかった。横山隆一さんの長女の方が、遊びにきたので、小学校にも入っていない彼女を連れて、近くの川にカジカ突きに出掛けた。8月15日の記憶はそれしか残っていない。
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日曜日, 8月 8th, 2010
イデオロギーに取りつかれるとろくでもないことになる。現実を「見ない」「見られない」「見たくない」から、現実から完璧に遊離した「夢想」が信者のすべてを牛耳ってしまうのだ。文字通りの自縄自縛。
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水曜日, 7月 28th, 2010
文化二年 己卯(ツチノトウ・・・1819年の記録)
☆二朱銀貨来る ☆五人組、組み直し ☆御境奉行・御境古人新町より出る
☆新町稲荷堂改築 ☆盛岡城内に光堂建立 ☆牢者解放・追放者所替え
①作柄は上作であった。「下巾本」には「上々作」とある。秋上げ(秋の米価)は当分はよし(妥当な価格であった)。課税割合は安永四年(1775)の元歩より一歩増しとなった。四月閏あり。「下巾本」には「八月閏あり」とあるが「草井沢本」には「四月閏あり」と記録されている。「白木野本」には「閏」についての記録はない。
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日曜日, 7月 18th, 2010
文化十三年 丙午(ヒノエウマ・・・1816年の記録)
☆苗代に積雪 ☆職人の監察取り上げ ☆代官役所改・修築 ☆桂子沢肝入交代
☆秋田米を盛岡に運ぶ ☆二歩金(金貨)沢内に来る?
①作柄は中の上、平年より少し良い出来具合であった。「秋揚げ当分よし」(秋上げは稲作が不良のために米価が上がることである。「当分よし」ということをどのように理解するかが問題である。
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