フィリピン通信(1)

安田紀夫

心臓のバイパス手術のあと、寒さを嫌って南国に住みついて五月末で一年にな る。七〇年代初め、小野田少尉救出作戦取材で何度か訪れたフィリピンだが、 貧しさは相変わらずで、三十年前とそう変化がないように思われる。目下、在 留邦人向けの日刊紙編集の手伝いをしているが、メディアの末席から眺めた現 地の諸相を報告してみたい。


チャチャとコンコン


「チャチャ」「コンコン」という言葉がこの夏(日本では春だが)、マニラ首 都圏の英字紙上をにぎわせた。フィリピン政界では、ここへきてにわかに憲法 改正論議が浮上してきた。チャーター・チェンジ(憲法改正)コンスティチュ ーション・コングレス(制憲議会)の略語である。今の憲法はフィリピン史上 六つ目で、一九八七年、アキノ政権時に制定された。しかしすでに十五年たち、 時代にそぐわなくなったというものだ。しかも、憲法草案が当時、大統領指名 のメンバーで作られたため、手続き上、不明朗と見る向きも多い。

あまり知られていないが、フィリピンの現憲法はその第二条で国家の政策とし ての戦争を「放棄」している。(註1)スービックやクラークなど良く知られ た米軍基地は九一年に協定を廃棄、米軍は撤収した。従って公式的には合同演 習の時以外、駐留していない。今年一月から、ミンダナオのイスラム過激派、 アブサヤフ掃討を目標にスタートした比米合同軍事演習「バリカタン02−1」 (バリカタンは「肩を組んで」の意)が、このため大きな政治論争になった。 だが、今回の改憲議論の焦点は日本のような自衛権や有事防衛といった問題で はない。一番の狙いは政治システムの改革のようだ。

フィリピンの政権は米国に良く似た大統領権力集中型である。与党連合の中心 政党「ラカス(力)」のリーダーで言いだしっぺのデベネシア下院議長らは、 フランス型の首相制を導入し、大統領への権力集中を避け、より民主的体制に するよう主張している。

ところが、デベネシア下院議長が九八年の大統領選に立候補してエストラダ前 大統領に敗れた経緯があるだけに、フィリピンのマスコミは「その首相の座を 狙っている」と同議長の政治的野心を指摘。下院議長は最近、わざわざ記者会 見し「首相や大統領の座をうかがうような野心はない。次期大統領選ではアロ ヨ現大統領を支持していく」と弁明を余儀なくされた。しかし、今年六十五歳 の同議長が首相の座を狙っているというのは、依然として政界通の共通した見 方である。

一方、その他の議員たちも「外資の積極的導入、経済活性化のために現憲法が 禁じている土地所有を外国人に認めるべきだ」「上下院や首長の任期制限を廃 止すべし」(註2)と改憲支持派が言い出せば、反対派は「今、憲法改正の時 期ではない、まず経済立て直しに専念すべき」「十五年たったがまだ屋台骨は しっかりしており、改正の必要はない」などとカンカンがくがくの議論噴出。 一時はこの七月に実施されるバランガイ(行政最小区)選挙(一種の統一地方 選)時にまず、改憲が必要かどうか、国民投票を実施すべしという主張まで出 てきた。

アロヨ大統領は「(改憲の)議論は結構だが、時期尚早」という立場に終始。 結局、選挙管理委員長が「今から間に合うわけがない」と、実務的見地から早 期国民投票実施論者を一蹴して、この流れは収まった。どうやら改憲論は二〇 〇四年の大統領選の際、制憲議会(コンコン)選挙を同時実施し、(チャチャ の)実現を目指す方向へ向かっている。エストラダ前大統領の失脚後を受け継 いだアロヨ大統領の任期はあと二年。その大統領選をにらみながら、早くもき な臭い前哨戦が始まったようだ。

註1=しかし、防衛は別との認識。陸海空軍を保有、米国と相互防衛条約。
註2=大統領は一期六年。上院議員は通算二期十二年。下院議員、知事・市長 など首長は同三期九年