当世カラオケ事情 フィリピン通信(2)

安田 紀夫

夕方になると、ポケットのセルフォン(携帯電話)にメッセージが入り始める。 カラオケの女の子たちからだ。「今夜来てね」「早く会いたい」――。フィリピ ンでは、携帯電話市場は大手二社が仕切っているが、うち一社の取扱量が三十八 億本というから八十億本近いテキストが年間、流れていることになる。国民一人 当たり約百本に上る。恐らくそのかなりの部分がカラオケの女たちのメッセージ で占められているはずだ。

彼女たちは指名、ドリンク、同伴などでポイントを稼がないと収入が増えない仕 組みになっている。毎日、一通話一ペソのメッセージをせっせとあちこちの顧客 に打ち続ける。

フィリピンに来る日本人(といっても男性にほぼ限られる)が、まず行くところ はカラオケだろう。一般的には舞台がしつらえてあって、そこで歌うことになる。 クラブ形式でGRO(註1)と呼ばれる一種のホステスを指名、お気に入りの女 性と歓談することができる。ほとんどが英語を話し、中には少し日本語のできる 女性もいる。

昨年秋、全室個室というカラオケがマカティ市内に登場して人気を呼び、追随す る店が出来て競っている。これまでも、一部で個室はあったが、全室個室という のは新規である。薄ぐらい部屋で女性と二人きりになれるのだから、かなりあや しい雰囲気となる。相当にワイルドとの風評も立って、ますます人気を集めるこ とになった。こうなると歌よりホステス目当てということになる。彼女たちにと って売春はご法度だが、客との恋愛までは規制されない。

かつて買春が横行したマニラ首都圏は浄化作戦が成功、八〇年代とは趣が変わっ てきた。それとともにしろうとの女性たちがどっとカラオケと称する接待市場に 流れ込むこととなった。ちょっときれいな娘を持っていれば、貧しい親たちはそ の稼ぎを当てにすることができる。カラオケの女たちにはその細腕一つで、両親、 兄弟の生活を一手に面倒みているケースが多い。

子供を抱えた二十代のバツイチが多いことも特徴の一つだ。そして、どちらのケ ースにしても、決まって口をそろえて日本へ出稼ぎに行きたいという。日本はエ ンターテイナーとしてしかフィリピン女性に労働ビザを出していないから、彼女 たちはARB(註2)と呼ばれる芸能人手帳(一種の資格証)をとって待機する。 そして晴れて六ヶ月のビザを手にして憧れの日本へ行く。

毎年、六万人以上の女性たちが日本を訪れる。その彼女たちは、見てきた「清潔」 な日本、「豊か」な日本人の暮らしを回りに話す。日本人と結婚する女もいる。 彼女たちのクチコミは日本にとって格好のPR役を果たす。日比間の草の根の文 化交流が意外な側面から促進されているのだ。

カラオケで遊んで金を使うといった文化は日本固有のものだろう。当地でも対日 本人向けが圧倒的に多く、後は韓国人、フィリピン人目当か。会社社会の接待文 化のせい、と言えばそれまでだが、かつての遊郭や待合で遊ぶ感覚が日本人に引 き継がれているせいではないかとも思われる。

今夜も、彼女たちは覚えたての日本語で歓迎してくれるはずだ。「イラッシャイ マセー」と。
(註1)ゲスト・リレーションズ・オフィサーの略
(註2)アーティスト・レコード・ブックの略
(註3)マニラ首都圏(17市町)のカラオケ店数は正確には不明だが、60店 は超えている。料金は90分セット(ビール、ウイスキーなど飲み放題)GRO 一人指名で、円換算2,000円から5,000円程度。タクシーの初乗り約6 0円、米小売価格1キロ約50円の物価水準に照らすと、高い(7月12日現在 100円=42・7ペソ)。