ルソン、水没 フィリッピン通信(3)

安田 紀夫

フィリピンの雨期は五月下旬から十月までとされている。今年は五月 二十六日に雨期入りした。雨の降りようは年によって違う。昨年は雨 が少なかったので、こんなものかと思っていた。ところが今年は打っ て変わって大雨続き。日本を襲った台風六号、七号、九号、十一号な どの影響をもろに受けた。

後者二つは日本では、九州地方だけが被害を受けたが、フィリピンで はそんなわけにはいかない。七月は毎週末、二十四時間以上、雨が降 り続き、四日ぶっ続けの週末もあった。まるで雨タンクの底が抜けた かと思うような降りよう。あちこちで道路が冠水し、車が水没してし まう。マニラ新聞(註1)一面に「ルソン、水没」という見出しが踊 っていた。地方では多数の死傷者、行方不明者が出た。

考えてみれば、至極当然なのかもしれない。なにしろ、台風はフィリ ピンのすぐ東側太平洋海域で発生するのだ。ルソン島中南部がもろに 台風の直撃を受けることはあまりないが、むしろ怖いのは台風に向っ て吹き込んでくる南西からの季節風だ。これのもたらす雨がとどまる ところをしらない。

それがどういうわけか毎週木曜、金曜あたりから激しくなった。これ では週末の楽しみの競馬にも行けなくなる。途中に低地帯があり、水 に浸かりやすい。行きは良いが帰りに身動きとれなくなる恐れがある。 タクシーも行きたがらない。というわけで、激しく降る外の雨を眺め ながら、馬券も買わずにテレビ中継を空しく眺めて過ごした。

外を眺めていると路上を奔流が走り、地面にどんどん水がたまってい く。枕元にある聖書を取り出して「THE FLOOD OF NO AH」(ノアの洪水)に目を通した。すっかり忘れていたが、四十日 と四十夜、雨が降り続くのである。地球を覆い尽くしたこの洪水は、 かつて地球が水の天体と衝突、水をもらい受けたからだ、とする仮説 を読んだことがある。

ちょっと、とっぴだが非常に面白かった。ノアの伝説はその当時を伝 えるものだと、その学説の著者は書いていたが、その点はどんなもの か。発想がどんどん、とんちんかんなところへ行ってしまうような大 雨だった。

しかし、比人たちはたくましい。ガードマンたちは稼ぎどきである。 ビルやレストランから出てきて車に乗る人に大きな傘をかざして案内 し、心づけをもらう。水溜りをよけて背負ってくれる人もいる。車の 押し屋も登場した。水溜りにはまり込んだ車の後押しを四、五人でや って百ペソ。三時間ほどで五百ぺそ稼いだと自慢そうに取材に応じた 裸の若者もいた。雨にぬれることは日常生活の一部なのだ。激しい雨 のなかでそれを利用してちゃっかり稼ぐ臨時の商売が登場する。貧し くてもすべてに楽観的なフィリピーノらしい。

やっと雨が収まったのは七月も末だった。久しぶりに晴れ上がった日、 競馬に出かけたら(註2)、雨のためダートの馬場が締まって、時計 の速いこと。持ち時計を大幅に上回るタイム続出で予想はことごとく 外れ。おアシの逃げ足も速い一日となった。長雨余話である。
(註1)マニラ首都圏唯一の日刊邦字紙。一九九二年創刊、約四千部 発行。
(註2)マニラ首都圏には競馬場がサンラザロ競馬場とサンタアナパ ークの二つある。どちらも左回りダート、一周約1,300メートル。