はやクリスマス気分

安田 紀夫
フィリピーノは気が早い。十月も半ばになるとはや、クリスマスムードが 盛り上がる。フランスで七〇年代末期、四年半暮らし、イタリアやスペイ ンへ取材で出かける機会も多く、いくらかカトリック社会を見聞したつも りだったが、この国はちょっと違う。

国民の八五%がカトリック信徒というフィリピンではカトリックは重大な 力を持っている。マルコス追放のときにも昨年のエストラーダ大統領失脚 の際にも、ハイメ・シン枢機卿を頂点とするカトリック教会が大きな役割 を果たした(註1)。離婚も妊娠中絶も依然、ご法度。避妊でさえ、教会 に遠慮して政府は強力な指導的立場を取れない。避妊具の使用にも教会は 目くじらをたてる。女性の権利という立場からみると、離婚法がとっくに 成立したイタリアなどにも大幅に後れをとっている。避妊が一般的ではな いので、どこも大家族。人口は年々2%台の増加を示し、現在、7、70 0万人の人口が2025年には1億5000万人に達しそうという。

多分に行事化した先進カトリック国の宗教行事に比べて、フィリピンでは イースター、万聖節(ハローウイン)、クリスマスは心から待ちわびた祭 礼である。

特異な行事としてパロルと呼ばれる星型の電飾ちょうちんが大都市の目抜 き通りから小さなバランガイ(最小行政区)の入り口、各家庭の玄関など まで一斉に飾り立てられる。針がねや竹で星型のフレームを作り、貝細工 などを張り合わせ、赤や緑など華やかなイリュミネーションで飾り付ける。 一見、花笠踊りの笠のよう。夜になると、これが色とりどりに輝く。フィ リピンのクリスマスには欠かせぬ風物だ。大小いろいろあって華やかなこ とこの上ない。フィリピンを訪れるならクリスマスに限る、といわれるく らいだ。

十月中旬には、パロルがあちこちで取りつけられ、パロル専門店が売り出 しを始める。日本でいうとお酉さまで熊手を求めるような感覚か。不況の せいか、年々、売り上げが落ちていると店のおやじたちはぼやいている。

デパートはプレ・クリスマスの大売出し開始。十一月一日の万聖節、翌日 の万霊節が週末になる今年、アロヨ大統領は前日の十月三十一日から四日 間を連休とする大統領令を出した。この後、クリスマスへ続き、年末の大 晦日、この国ではイタリアなどと同様、爆竹やクラッカーを乱発して新ら しい年の到来を祝う。その爆竹の煙で元日の早朝、マニラ首都圏は雲のよ うに覆われ、人々はあまりの煙たさに午前中は外出を手控えるほどだ。爆 竹を扱い損ねて指や手首が吹き飛ぶけが人の出る騒ぎも毎年で、なぜ、こ うまでして大騒ぎをするのか、異教徒には理解しがたいところがある。し かし、ここにもテロ警戒と経済不況の波が及んでいて、昨年あたりは例年 よりぐっと静かだったという。本年もこの傾向は変わりそうもない。
註1=シン枢機卿は74歳、1976年枢機卿に任命された。86年2月 (反マルコス)、2001年1月(反エストラダ)の政変でピープルパワ ーを指導した。