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フィリピン通信(二)
安田 紀夫
(7)銃社会の恐ろしさ
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先週、マニラ首都圏パラニャーケ市で邦人会社社長が就寝中に射殺されるという事件が起きた。使われたのは四五口径という大きな拳銃で、これを七発も撃ちこまれれば即死は当然か。
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フィリピンの最大の欠点は「安全」への社会的ネットワークが弱いことである。警察は日本のように警備力も捜査能力も十全ではない。従って余裕のある富裕層はガードマンを自衛のため雇う。ビルや会社の入り口には銃で武装したガードマンが警備に当たっている。一般人も自衛のための銃器を所持、携帯することができる。全国で約七十万人の銃器所持が認められている。かつての宗主国、米国が残した負の遺産だと思う。
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この国の人たちはホスピタリティいにあふれ、長幼の序を重んじ、いつも笑顔に満ちて優しい。しかし、大変誇り高く、メンツが傷つけられると激高し、凶悪になる。銃を所持している人も多いから、勢い殺人事件が増える。
裁判がまた、米国式で証人主義である。証拠より証言が重んじられる。だから、重罪を犯すと、顔を見られるのを恐れて被害者や証人を殺害してしまう。「死人に口なし」である。
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一年間に傷害致死まで含めて殺人事件が約一万件起きている。日本の警察統計の七、八倍である。その点、日本は狩猟目的以外、市民の銃器所持は禁止である。警察はとやかくいわれるけれど、世界の中では一流の水準と思う。社会全体の仕組みの中で安全を確立していくのが日本式社会構造だろう。
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ここでは警察は、日本のような信頼は置けない。自前で安全を確保するには、有力者にコネをもつか自衛手段を講じることが必要だ。どちらも金次第ということになる。あれこれ考える合わせると日本は枠組のしっかりした安全志向の社会だと思う。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年5月13日付け)
(8)観光立国
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今年、フィリピンは世界観光機関(WTO)の定めた「観光年」で、国際的悪環境にもめげず、観光長官などは昨年来、日、米、中国、韓国などを誘致に駆け巡った。しかし、日本人に人気のセブで誘拐殺人が起きるし、安全といわれてきたダバオでは空港、港で相次いで爆弾事件が発生した。追い打ちをかけたのが米国のイラク攻撃と中国が火元とみられる謎の肺炎である。昨年の外人観光客がわずか百八十万人(外国人入国者数三百八十万人)という観光小国である。経済再生の切り札にしようと張り切ったせっかくの観光振興策は頓挫した形だ。
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ひるがって日本を見ると「出」ばかり多くて「入り」が少ない。日本人出国者数は千六百万人に上るのに、外国人入国者数は四百八十万を切っている。イスラム過激派、アブサヤフが国際的な誘拐事件を引き起こして以来、比国の観光株は下落するばかりだが、それでも涙ぐましい努力をしているのである。 日本は安全、観光名所も多く、四季の自然の美しさ、歴史的名勝は世界に誇れる。しかし、地理的ハンディキャップや物価高という負い目などからか、世界の観光客誘致に熱がない。最近、政府は経済再建策の一環としてやっと重い腰を上げたが、遅きに失している。小泉首相は一千万人の外国人観光客を目標に掲げたが、やることがたくさんある。まず外国人が英文の案内を頼りに、一人で動けるような態勢を作ることが重要だろう。例えば東京の地下鉄一つとってみても、ローマ字で駅名が記されているだけで、複雑な乗り換えをこなして目的地に行くのは、日本人でさえ容易ではない。言葉という障壁があるとはいえ、海外訪問客に分かりやすく、という精神が欠如しているように思えてならない。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年4月22日付け)
(9)永住ビザで815人
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六二歳のとき、食道がんを患い、放射線と化学療法で治癒したが、放射線治療のあおりで心臓発作を起こすようになった。二〇〇〇年十一月、心臓のバイパス手術を受けた。これでウソのように楽になったという人もいるが、私の場合、寒気を吸い込んだりすると発作を起こす状態が続き、寒さを嫌ってフィリピンへ逃れた。一九七四年、小野田寛郎少尉が出現したとき、前後三回、取材で来たことがあり、まんざら縁がない土地ではない。フィリピンで発行部数約四千の邦字紙を出している元共同通信の後輩から、編集を手伝ってくれという申し入れもあったので、病後の療養がてら来比した。というわけで「常夏」のルソン島で暮らして、まもなく二年になる。
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今、外国で暮らそうと計画する年金生活者が多いそうだ。フィリピンは三十五歳以上の外国人を対象に一定金額を定期預金すると特別永住ビザを発行する。正確に言うと特別居住退職者ビザというが、これを持つ日本人長期滞在者は八百十五人に上る。日本人が海外に住みつくというのは言葉の問題などで簡単な話ではなかった。極東の外れの島国というハンディキャップもあるし、アジアの近隣国に住みつくことは、第二次大戦の歴史的経緯もあって容易ではなかった。
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フランスの地中海沿岸コートダジュールの中心地、ニースには「イギリス人の散歩道」と呼ばれる遊歩道が海岸沿いにある。避寒に訪れた英国人たちが、そぞろ歩きする姿がよく見られることからこんな地名が付いたという。気候のよい近隣国へ長期滞在することなど、アクセスが容易な欧州では、ごく当たり前のことだった。日本人もそういう方向へ歩みだしたらしい。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年4月1日付け)
(10)マニラとパリ
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一八九〇年に中学教師として山陰の松江に赴任したラフカディオ・ハーンが、冬の冷え込みにネを上げて、一年三ヵ月で退散、熊本へ移ったのは有名な話だ。冬の山陰は、陰うつな曇り空に気が沈む。大学を卒業して初めての赴任地が広島で、冬空の青さが眼に染みた。
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特派員としてパリで四年半暮らした。パリは世界で一、二を争う素晴らしい都市だ。しかし、最大の欠点は冬の長さ、寒さである。「冬が来ると憂うつになる」と私がぼやいたら、同盟通信特派員時代以来在住の日本人会会長が「キミ、僕は三十年居るけど、いまだに冬のパリは好きになれないよ」と言う。そういうものかと納得した。その点、マニラはいつも夏。明るさ、暖かさは比較にならない。だから、年をとってから温暖な地に海外移住する年金生活者が増えているのは、分かる気がする。心臓病の予後を抱える身には、暖かいことと近いこと(約四時間)が、なによりマニラの魅力だ。いざ急変という事態になっても日本へ飛んで帰れる。パリなら十二時間もかかるがマニラならひとっ飛びである。それぐらいなら体ももつ。その上、物価が安く広く英語が通じる。
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単身でマニラにやってくるとき、持参したのはわずかな身の回りの品に下着類、夏背広一着、靴三足。炊飯器、CDプレーヤー。本はヘミングウエーの「日はまた昇る」「A MOVEABLE FEAST」(移動祝日)など三冊。住むならやはりパリのような美しい都会を、という屈折した願望もあって、パリを魅力的に描いた米作家の二冊を選んだ。若いころから手あかの付くほど読んだ本だ。しかし、住めば都とはよく言ったもの。パリとは比較できぬほど混濁のマニラ首都圏だが、今、温暖の地の恩恵を十分享受している。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年4月8日付け)
(11)「推定有罪
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犯罪疑惑に関連してよく「推定無罪」という言葉が使われる。証拠を基に有罪が立証されるまでは無罪扱いというのが、個人のレベルでは大原則である。社会部記者時代、人権尊重の流れの中で耳にたこができるほど聞かされた。
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しかし、力がものをいう国際社会ではそうはいかないらしい。米国のイラク攻撃は国際テロ組織、アルカイダとの結びつきも、大量破壊兵器も見つからぬまま強行された。恐怖独裁のフセイン政権の援護などする気はさらさらないが、事態は「推定有罪」で動いた。核兵器疑惑にまみれ、過去にも国際機関の査察を拒否したイラクのことゆえ、国際社会では米国のイラク攻撃にストップをかける動きはみられず、体制はもろくも崩壊した。だがこんなのありかよ、と思う。アメリカ・スタンダードがまかり通る今、米国のテロ狩り十字軍的戦闘行動はどこまで続くのか。
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話は変わるが、どうもがいても「推定有罪」となってしまうのが痴漢行為である。痴漢は満員電車などを利用して女性の体に触るなどという卑劣な行為だが、最近はこれを悪用して男性を陥れる女性がいるというから恐ろしい。携帯電話を混雑時に利用していて注意され、それをネに持って痴漢呼ばわりして意趣晴らしをするケースがあるという。こんな時でも「痴漢」と女性に叫ばれてしまったら、打つ手がない。違うという無罪証明が非常に難しい。法廷闘争は時間と金がかかる。罰金を払って痴漢の汚名に甘んじる人もいるという。一種えん罪である。 男なら誰にも可能性があるだけに皆が疑惑の目で見てしまう。身近な「推定有罪」、疑われたらおしまいという世界である。東京の私鉄のように女性専用車輌をつくるのが解決策の一つだろう。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年4月15日付け)
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