フィリピン通信(一)

安田 紀夫



(1)カジノについて

フィリピンで一番の成長株はカジノを運営する娯楽ゲーム公社と競馬会だろう。カジノは日本に無い公営ギャンブルで、好き者が日本からもちょくちょくやって来る。競馬の方は場外馬券売り場と開催日を拡大したため、売り上げが急増中。
今、日本ではカジノを解禁しろという声が、特に東京などで高まっているという。お台場辺りに作ることを目標にしているようだが、きちんとした公社が運営するなら結構ではないか。日本流に付加価値をつけて一大娯楽場にすれば、観光の目玉にもなる。東京ディズニーランドと秋葉原だけでは心もとない。どこのカジノも入場に厳しい紳士の条件をつけている。モナコでは上着が必要だったと記憶するが、カメラも持ち込み禁止だった。比では靴着用が入場の条件である。

ギャンブル無菌の台湾で昨年、初めて一つだけ解禁されたのが宝くじ。これが大衆に大受けで当たりナンバーの予想まで出る騒ぎと友人が伝えてきた。宝くじでこの騒ぎだからカジノを作れば台湾観光客の集客力になるのは間違いないだろう。フィリピンで台湾に最も近いルソン島北端のラオアグ市にカジノがあるが、もっぱら台湾からの観光客用である。チャーター機を飛ばして彼らはやって来るという。

雪を見物に冬、札幌を訪れる台湾や香港からの観光客が結構いると聞いた。雪も観光素材になるのだ。東京でディズニーランドを見た後、札幌へ飛び、雪祭りを見物して毛ガニとサッポロラーメンを食べる旅だとか。相撲や歌舞伎、世界に冠たるアニメ、アジアで人気のポップスも観光材料にすべきだ。カジノはそれに一味、追加することになる。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年6月17日付け)


(2)消費拡大の一手

日本の景気が悪いのは国内総生産(GDP)の六割近くを占めるといわれる個人消費が低迷しているからだという。そこへいくとフィリピンはまるで消費大国。貯蓄など考えずに在るお金は使ってしまうタイプの人たちばかり。この国で消費のGDPに占める割合は、七五%にも達すると専門家は指摘する。

一方、日本は個人の金融資産が千四百兆円もあるとか。これだけでGDPの三倍近い。しかし、銀行や郵便局、生保に蓄えられたままでいわば死蔵化している。企業は資金確保に昔ほど銀行の融資に頼らなくなった。銀行や郵便局は運用のため集めた金で比較的利回りの良い国債を買っているのである。なんのことはない、われわれの貯蓄は銀行を通じて国債購入に回っている構図である。どうしたらこの構造を変えられるか。

今の退職金依存型のの賃金体系を改めるというのはどうだろう。少し時間がかかるが、退職金という「生涯賃金後払い偏在方式」をやめて現職中にできるだけ払う方式に転換することだ。一部企業では既に始まっているがー。日本のように退職金に大きく依存する形だと、老後にはいいが、お金はほぼ使われずに退蔵されてしまう。これを変換するのが一つの解決策にならないか。そのためには老後への不安解消が必要だ。政府は現在の年金制度などを恒久的に保障する必要がある。それが保障されれば人々は少し高くなっても社会保障費の支払いに応じるのである。北欧などはその典型だ。

だが、日本政府は危機宣伝ばかりで社会保障体制への民衆の信頼を失わせる方策ばかりやっている。これでは国民年金など入らぬ方がいいと、若い人が考えても仕方がないようなやり方だ。政策が常に負の方向へ向いているように思う。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年6月9日付け)


(3) 門戸開放

フイリピンは人口が年間、二・三六%の高い水準で増加中で、現在の人口は推定八千二百万人。四%程度の経済成長率では追いつかず、海外就労者(OFW)が年々増えている。今、日本には人材交流を求めているが、日本は外人労働力には極めて鎖国的で、比国には研修生という名目かエンターテイナーしか認めていない。しかし、少子化は今後、ますます顕著になるし、あと二、三年したら、人口も一億二千七百四十万人をピークに減少に転じる。ということは老人層だけが増加する社会構造となり、活発な消費需要はまず半永久的に期待できないのだ。

いずれ出産奨励に踏み切らざるを得ないし、外国人労働力の導入も検討せざるを得なくなるだろう。外国人在住者は公式記録で約百八十万人。エンターテイナーしか認めていない比人労働力にメード、介護師などの分野で門戸を開放する案はどうだろう。

フィリピーノは子供をかわいがり、老人を大切にする。介護師やメードなどにはうってつけと思う。英語が話せないといった人はひるむかもしれないが、彼ら、彼女らは研究心旺盛で、すぐ日本語もマスターするに違いない。マニラ新聞は最近、四年間にわたって日本で看護研修生として働き、帰国した女性にインタビューしたが、日本語は達者で業務引継ぎなども平仮名でこなしていたという。看護師は当面、無理としても、介護やメードの分野は可能ではないか。特にメードを安い賃金で雇うことができるようになれば、夫婦共働きの家庭でも出産、子育てに道が開け、それこそ少子化ストップに幾分なりとも役立てることができるはず。フィリピンの余剰労働力を活用するだけで不況克服のビジョンが一つぐらい策定できるはずと思う。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年6月3日付け)


(4)英会話力の功罪?

社会部記者は事件に強い、とか、取材ソースを持っているといったことが重要で、英語が話せるかどうかなど昔は問題にならなかった。古いタイプのデスクの中には英語の堪能な外信部志望の若い記者を「英語使い」などとさげすむ気風さえあった。しかし、時代が変わるにつれ昭和一けた世代は三重苦などと自嘲するようになる。いわく「英語が話せぬ」「自動車の運転ができない」「ダンスが踊れぬ」。この三重苦で別に困ることはなかった。変化が生じたのは七〇年代、パレスチナゲリラのハイジャック事件続発で海外出張が増えてからである。

ここフイリピンはまるで違う。英語は公用語になのでまずほとんどの人が話す。政府は世界で「三番目に英語を話す国」と、それを「売り」にしている。少なくともカトリック圏では外国人旅行客が接触するあらゆる分野で住民が英語を話す。「ロングステイ財団」(東京・港区)の最近の調査でも、フイリピンはマレーシアと並んでアジアでは長期滞在に人気があった。理由の一つが「英語が通用する」である。

しかし、それがまた貴重な人材の海外流出の大きな理由でもある。国内経済がぜい弱なうえ賃金格差が大きいため、海外に出稼ぎに行く海外就労者が多い。英語が話せるので気軽に出かける。しかし、教師がメードに、医師が看護師に転職して海外へ流出する事態まで起きている。カレッジを卒業して教師になってもせいぜい日本円で一万二、三千円の月給である。香港へいってメードになれば約五万円は稼げる。というわけで女教師がメードに志願する。医師が看護師に転職して海外へ出稼ぎに行くなどと聞くと、英語が話せるのも良しあしかとも考えてしまう。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年5月27日付け)


(5)フィリピン風連休

今年四月の第三週はキリスト教の聖週間で、カトリック信徒が八五%を占めるフィリピンでは木曜、金曜日が国の定めた休日だった。ところがアロヨ大統領は連休前後の十六、十九日を大統領令で休日にしたので(十六日は任意)、最大五連休が実現した。経済振興策として連休をできるだけつくり、観光景気を創出しようというのが昨年以来の顕著な傾向で、とりわけ四、五月はちょうど学校が夏休み(この時期が最も暑い)なので、やたらと連休にしてしまうのである。九日の祝日「バタアン・コレヒドールデー」も大統領が特例で七日の月曜日に変更、連休にした。休日設定は大統領の専権事項なのだ。

フィリピンは国民の祝日が十二日で日本の十四日とそう変わりはない。しかし、土曜日が休日ではないので、実際には年間休日は圧倒的に少ない。もともと暑い国のせいもあるのか、休日となると徹底的に休んでしまう。クリスマスよりも正月よりもこの聖週間が徹底している。新聞は二日間、配達されなかったし、テレビ局も放映を休止したり、古い映画の上映でごまかしたり。モールと呼ばれる大ショッピングセンターは完全閉店。映画館からレストランなどももちろん、一斉にお休み。首都圏のバスターミナルからは田舎へ帰る乗客を満載したバスが次々出発していく。金持ちはリゾートやビーチへ。一方、都会で休日を過ごす地方からの観光客も多く、首都圏のホテルはごった返していた。 なにか日本のゴールデンウイークやお盆休みのよう。違うのは信仰心だ。どの町でも仮設の小屋にキリスト受難の光景が人形などを使って復元され、教会はキリストの復活を祝う信徒であふれかえる。われわれの多くが忘れ去ったものがここにはあるように思える。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年5月7日付け)


(6)バタンガス娘の自衛意識

首都圏のビジネス都市マカティ市内のカラオケで働く細身のジェシーは二十二歳、ルソン島南部バタンガス州出身である。昨年夏、父親が病気で収入が無くなったため、日本へエンターテイナーとして出稼ぎに行くことを決心。現在、クラブ務めをしながら待機している。日本語を勉強中で、歌も「TSUNAMI」「あなたに逢いたくて」などがお気に入りの持ち歌だ。

いつも自衛用のナイフを持ち歩いているというので見せてもらった。両側のさやを開くと刃が飛び出すやつ。さやの長さは十センチ、刃渡り八センチ。抜き身にすると十八センチ、人を刺すには十分。

彼女は最近、プロダクションの宿舎を出てアパートを借りた。ジプニー(乗り合いジープ)で十五分ほどの距離。そこから自宅まで大きな墓地沿いに徒歩約十分。帰宅はいつも午前二時半。彼女は刃物のさやを開いてセカンドバッグの中に忍ばせて歩く。レイプなどの恐れがあるからという。この国でレイプは極刑である。「刃物を持っている方が危ないんじゃないの」という、極めて日本的質問に彼女は答える。「レイプ犯は、顔を見られるのを恐れて必ず殺す」と。黙って殺されるのはいや、襲撃犯に刃物を使って反撃する、というのが彼女の自衛哲学だ。 バタンガス州は刃物の産地として有名。父親は彼女が単身、首都圏へ出るとき、家にあったその刃物を所持させた。同地では嫁入りの際、護身用に持たせることもあるという。

割りと安全といわれるマカティ市内も人通りの途絶えた深夜は用心にこした事はない。強盗に遭って携帯電話を奪われた話などよく聞く。とはいえ、彼女の自衛策はやや過剰な感じもするのだが、自衛意識の一端として紹介してみた。
(熊本日日新聞・夕刊コラム「きょうの発言」=03年5月20日付け)