胃袋

安田 紀夫

昨年の正月休みにパリを訪れ、フランス生まれの猫の遺骨をセーヌ川にまいた話を前回紹介したが、ついでに大学時代の仲間5人で行ったその旅の話を書いてみたい。最大の問題はわれわれの胃袋と食事の関係であった。なにしろ銀シャリが1番のご馳走だった世代なのである。

パリ特派員時代(70年代後半)のことだが、支局の近くにイタリア人の経営するトラットリアがあった。スパゲッティ・カルボナーラが絶品で、よく昼食に出かけた。2人前以上でないとカルボナーラは作ってくれない。ベーコンがころあいよく炒めてあり、ミルクと卵の黄身のバランスがなんともいえず絶妙である。

後年、東京始めいたるところで同じものを食べたが、これに比肩しうる品にはお目にかかっていない。この店、イタリア人のおやじが第2シラブルにアクセントを置いた変な日本語で「コンニチハ」とあいさつする。カルボナーラはおいしいのだが、すごいボリュームなのであとのメーンディッシュに困ってしまう。

一般的にいって日本人の胃袋はごはんを中心とするでんぷん食になじんでいるせいか脂肪分豊かな西欧料理に抵抗感がある。トシとともにこの傾向は強くなる。それと量である。パリ在住20年余で通信員として公私ともにご協力をいただいていた元駐英大使子息のMさんが「オッソ・ブコにしたら?」という。これは牛のすねの骨の髄とその周辺肉を食べる料理だからそんなにボリュームはあるまいと注文したら、おそろしく肉付きのよいのが現れた。とても食べきれない。

次の機会に「舌なら量が少なかろう」と牛の舌を頼んだら、大ぶりの舌が3枚も出てきた。2枚舌というのは聞いたことがあるが、3枚である。しかも素材の「原型」がもろで、よだれを垂らしたばかりのような牛の舌が3枚、そのまま現れた感じである。これにも閉口した。ついにカルボナーラに続くメーンは、いろいろ試行錯誤の末に目玉焼きになったのである。店のおやじもさすがに驚いたらしく「ムッシューはプチマンジュール(小食家だな)」と、ちょっと哀れむような目つきをしたものだ。


レベイヨンより中華料理


さて今回のパリ訪問初日の夜、旧市場で知られるレアールの「ピエ・ド・コション」(豚の足)という店に皆さんを案内した。まず生カキを食べたところまでは良かったが、豚の足の揚げたのがデーンで出てくるとたちまち拒否反応を示す人が出てきた。次いで訪れたニースではブイヤベースをトライしようとしたが、隣席で食べている量をみてギブアップ。ピザを選んだが、これがまた直径30a以上の超ど級。それで1人前である。地元の人たちはこれを平らげたあと、肉や魚に挑むのである。

大みそかの夜、フランス人は日付け変更の時間まで飲食を楽しんで祝う。今ふうにいえばカウントダウン・パーティーである。これをレベイヨンという。その話を紹介したらぜひ参加したいと皆の意見が一致した。しかし旅が進むに連れ、毎日の食事さえ全部消化しきれないことがはっきりした。レベイヨンはお金も高いうえに山のごときご馳走が出てくる。とても無理と分かって結局、オペラ座近くの中華料理店でささやかな宴を開いて新年を迎えた。これだと5人が十分に飲んだり食べたりしても勘定はレベイヨンの1人前ていど。正解だった。

もうひとつ、昼食を何にするかで悩んだ。昼からキャフェで定食を頼めば相当量の料理が出てくる。それを食べワインを飲んでホテルへ帰って昼寝でもするのならいいが、そうはいかない。好評を博したのはクロックムッシューだった。これはハム、チーズを挟みかつ乗せて焼いたサンドイッチの一種だ。この上に目玉焼きが乗るとクロックマダムという。軽便さが受けた。クロックムッシューと生ビールが昼の定番となった。冬の味覚はなんといっても生カキ。レモンを振りかけて食べる。私達の舌にも胃袋にもピッタリだ。これだけでも冬のパリに来たかいがあると独り納得したのである。 (註)山陰中央新報コラム「羅針盤」=99年1月17日付け=