禁酒・禁煙

安田 紀夫

 昨年12月、突然酒をやめざるをえなくなった。食道にがんが見つかったので ある。胃にかいようがあったことが早期発見につながったから、なにが幸いする かわからない。毎年、誕生月に人間ドックに入っているが、昨年春の受診のさい 胃に異常ありといわれた。内視鏡で診てもらったら胃かいようとの診断。処方薬 をのみ続けて半年たったが、酒をやめるわけでなし、相変わらずの生活。

秋、再検査をしたら「胃のほうはともかく食道にちょっと」と内視鏡医のいや なおコトバ。組織検査でがんと判明した。食べ物がつかえる感じがするといった 食道がん特有の初期症状もまったくなく、寝耳に水、の告知だった。12月1日 入院、手術をしなくても治りそうだというので、抗がん剤と放射線照射の治療を 30日間受けた。

おかげで業病から逃れることができたが、治療期間中はノンアルコール。その 状態が以来、4ヶ月続いている。結果は意外(?)にも快食、快眠、快便。酒が ないと眠れぬ、といった酒飲みの思い込みはまったく根拠がないことがわかった。 なにしろぐっすり眠れる。これは単に習慣の問題にすぎないようだ。

 もうひとつ、腹の調子がすこぶるつきでよろしい。前夜の深酒で腹の具合悪く 出勤の途中、電車を降りて駅のトイレに駆け込むといった心配が一切、いらない。 あれは経験したことのある人でないとわからないと思うが、ほんとにシンドイ。 あぶら汗たらたらである。やっとトイレにたどりついたら、無常にも「清掃中」 でモップが入り口をふさいでいたりする。ついに真っ青になって、入場料払って 上野駅前のポルノ上映館に飛び込み、トイレへ直行したこともある。

   職場復帰するとまもなく、待ち構えている飲み仲間は「そろそろどうですか」 「医者からOKはまだ?」などと誘い水をかける。こちらはもっぱらウーロン茶 でのつきあい。でも、ちょっぴりさみしい。ときには「キューッといっぱいやり たいなあ」と渇きをおぼえる日もある。


「死の館」をへいの上から


 そこへいくとたばこは自発的に長い間の努力でやめた。大学入学時から吸い始 めて三十数年。取材をしたりものを書いたりするのに、たばこは格好の嗜好品だ と思う。

その考えは今も変わらないが、中年に差しかかってからのどに影響が出始めた。 夜中にせき込んで目がさめる。しかもなかなか止まらない。たばこのせいだと医 師にいわれて、やめる気になった。

だが、そう簡単ではない。しばらく禁煙してもふとしたはずみに一本、手にす るとまたもとのもくあみになってしまう。昼食までは吸わない、1日10本以上 吸わないーなどと段階的に禁制を課して、たばこに対する執着心を切り捨てる努 力を重ね、やっと近年、禁煙にこぎつけた。たばこは弊害が出たのでやめたが、 酒までやめようと思ったことはなかった。

 「がんになって哲学的になったでしょう」と知人が聞く。告知されたとき、6 2歳にして「人生の終末」が文字通り迫ってきたことを思い知らされた。父が5 0歳代でがん死したので「いずれは」と覚悟はしているつもりだったが、いざ現 実になってみるとダメージは大きい。

もう何が起きても不思議ではない年齢なのだ。死についておりふし考えたが、 あまり深刻にはならなかった。最大の理由はステージ1の初期・表在性がんで、 放射線化学療法で消失する確率80―90%といわれたからだ。早期発見が何よ り心強かった。

 がんを発病すると、5年生存後でもリスクが未発病の人の5倍になるとの報告 があるという(「がんの予防」)。再発の可能性は極めて高い。食道のようなた ばこや酒といった環境因子が大きく影響する部位ではなおさらだ。私の場合、今 回は「死の館」をへいの上から仰ぎ見ただけで引き返してきたようなもの。せっ かく無事生還したのだから、もうちょっと猶予をいただきたい。となれば飲酒復 活は論外、となる。この結論には思わずため息がでるが、命が大事ならアルコー ルよりアガリクス、ということだろう。(註)山陰中央新報コラム「羅針盤」= 99年4月4日付=