禁酒・禁煙◆ 秋、再検査をしたら「胃のほうはともかく食道にちょっと」と内視鏡医のいや なおコトバ。組織検査でがんと判明した。食べ物がつかえる感じがするといった 食道がん特有の初期症状もまったくなく、寝耳に水、の告知だった。12月1日 入院、手術をしなくても治りそうだというので、抗がん剤と放射線照射の治療を 30日間受けた。 ◆ おかげで業病から逃れることができたが、治療期間中はノンアルコール。その 状態が以来、4ヶ月続いている。結果は意外(?)にも快食、快眠、快便。酒が ないと眠れぬ、といった酒飲みの思い込みはまったく根拠がないことがわかった。 なにしろぐっすり眠れる。これは単に習慣の問題にすぎないようだ。 ◆ もうひとつ、腹の調子がすこぶるつきでよろしい。前夜の深酒で腹の具合悪く 出勤の途中、電車を降りて駅のトイレに駆け込むといった心配が一切、いらない。 あれは経験したことのある人でないとわからないと思うが、ほんとにシンドイ。 あぶら汗たらたらである。やっとトイレにたどりついたら、無常にも「清掃中」 でモップが入り口をふさいでいたりする。ついに真っ青になって、入場料払って 上野駅前のポルノ上映館に飛び込み、トイレへ直行したこともある。 ◆ 職場復帰するとまもなく、待ち構えている飲み仲間は「そろそろどうですか」 「医者からOKはまだ?」などと誘い水をかける。こちらはもっぱらウーロン茶 でのつきあい。でも、ちょっぴりさみしい。ときには「キューッといっぱいやり たいなあ」と渇きをおぼえる日もある。
「死の館」をへいの上から◆ そこへいくとたばこは自発的に長い間の努力でやめた。大学入学時から吸い始 めて三十数年。取材をしたりものを書いたりするのに、たばこは格好の嗜好品だ と思う。 ◆ その考えは今も変わらないが、中年に差しかかってからのどに影響が出始めた。 夜中にせき込んで目がさめる。しかもなかなか止まらない。たばこのせいだと医 師にいわれて、やめる気になった。 ◆ だが、そう簡単ではない。しばらく禁煙してもふとしたはずみに一本、手にす るとまたもとのもくあみになってしまう。昼食までは吸わない、1日10本以上 吸わないーなどと段階的に禁制を課して、たばこに対する執着心を切り捨てる努 力を重ね、やっと近年、禁煙にこぎつけた。たばこは弊害が出たのでやめたが、 酒までやめようと思ったことはなかった。 ◆ 「がんになって哲学的になったでしょう」と知人が聞く。告知されたとき、6 2歳にして「人生の終末」が文字通り迫ってきたことを思い知らされた。父が5 0歳代でがん死したので「いずれは」と覚悟はしているつもりだったが、いざ現 実になってみるとダメージは大きい。 ◆ もう何が起きても不思議ではない年齢なのだ。死についておりふし考えたが、 あまり深刻にはならなかった。最大の理由はステージ1の初期・表在性がんで、 放射線化学療法で消失する確率80―90%といわれたからだ。早期発見が何よ り心強かった。 ◆ がんを発病すると、5年生存後でもリスクが未発病の人の5倍になるとの報告 があるという(「がんの予防」)。再発の可能性は極めて高い。食道のようなた ばこや酒といった環境因子が大きく影響する部位ではなおさらだ。私の場合、今 回は「死の館」をへいの上から仰ぎ見ただけで引き返してきたようなもの。せっ かく無事生還したのだから、もうちょっと猶予をいただきたい。となれば飲酒復 活は論外、となる。この結論には思わずため息がでるが、命が大事ならアルコー ルよりアガリクス、ということだろう。(註)山陰中央新報コラム「羅針盤」= 99年4月4日付=
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