糸瓜忌鶏頭の十四五本もありぬべし などの誰でも知っているような句, 瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たゝみの上にとゞかざりけり に代表される短歌などで広く知られる正岡子規の命日を糸瓜忌という。
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子規は一九〇二年(明治三十五)九月十九日,肺結核と腰部脊髄炎によって満三十
五歳にわずかに満たない短い生涯を閉じた。翌月十月の十四日が誕生日だった。
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JR山手線の田端駅を駒込寄りの出口から出,ゆっくり歩いて十五分ほど。閑静な
住宅地の一郭にあるが,道みち“ワンルーム・マンション建設反対!”,“田端文士
村の環境を壊すな!”などと書かれた立て看板が目についた。
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墓地のかたすみで雨に濡れて微光を帯びた墓石には,“子規居士之墓”と簡素に刻
まれている。子規が入社した日本新聞社の社主である陸羯南の手跡だという。
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文学史的にはこれが俳句革新運動の第一声とされ,ことしは近代俳句百年にあたる。
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子規はこれらの傾向を,“月次(つきなみ)調”という評語をもって批判したので
ある。 ◆ 近代俳句百年のこんにち,全国の結社の数は約千二百ともいわれる。俳句界は隆盛 を誇っているようだ。門外漢のぼくにその実態はわからないが,俳句人口が多ければ 日々産み出される俳句の数もおびただしいものになるだろう。そのなかで質の高い句 が増えていくのならこれに過ぎたことはないのだが,実際はどうなのだろう。
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さて子規である。獺祭書屋主人というペンネームから,糸瓜忌は獺祭忌とも呼ばれ
ている。
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墓参の二日後,相変わらず降りつづく秋雨のなか,子規の住まいだった子規庵に足
を向けた。 ◆ 公開は水曜のみで,観覧料が三百円。『子規庵の歩み』(一九八七年一月二十一日 発行・B4判・表裏二ページ)という簡単なパンフレットをもらい,係のおばさんの ていねいな説明を聞いた。ほかに四枚ひと組の写真版絵はがき(五百円)も用意され ている。
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かつての根岸は,一八三六年(天保七)に刊行された『江戸名所図会』に,
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ところがである。いまや最寄りの鴬谷駅北口一帯にはラブホテルが林立し,そのあ
いだを縫って子規庵に向かうにも女性なら思わず顔を赤らめるほど。“根岸の里の侘
び住まい”どころではない。
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子規は病牀に横たわったままの永い年月,この庭をみつめながら『仰臥漫録』や
『墨汁一滴』,『病牀六尺』など多くの日記や随筆,俳句や短歌を産み出した。
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糸瓜は蔓を切って水を採り,咳止めや痰切りとして薬用される。子規にはそれも不
要になった。糸瓜の句を詠んだ翌日,子規は永遠の眠りにつく。
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