きさらぎ伝統行事
吉田 仁

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二月の古名は“きさらぎ”。ふつう如月と表記するが,衣更着とも書く。陰暦二月
といえば,ほぼ新暦の三月にあたる。まだまだ寒さが厳しいので,さらに衣を重ねる
ところから,この名がついたといわれる。
念のためと思って『広辞苑』を開いてみた。すると,この説は誤りで,“生更ぎ”
の転化,簡単にいえば草木などが生まれ更わることをいう,とある。語源の説は,さ
まざまあるものだ。
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ことしは平年より暖かい。それでも日が少しずつ永くなり,暖かさが増してくるの
はうれしい。暦のうえではもう春なのだ。
“日永”という季語がある。“永き日”ともいう。夏目漱石は,
永き日や欠伸うつして別れ行く
という句を詠んでいる。うららかな春の日,友との別れにも思わず欠伸がまじる,
という俳諧味に富んだ句である。
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一年のうち最も日の永いのは夏至のころだが,“日永”,“永き日”という言葉は
夏ではなく春の季語である。日一日と日あしがのびてくるのがうれしく感じられるこ
の時節の言葉として古来愛されるのも,日本人の季節感の機微を表わすものだろう。
日本人の季節感は,折々の伝統的な行事を抜きには語れない。昔から,さまざまな
行事が,季節を示すポイントになっていたが,近ごろ縁遠くなってしまったものも多
い。
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二月にもいろいろと行事があった。
まずは三日の節分。ふたたび『広辞苑』のお世話になれば,
“・季節の移り変わる時,すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日の称。・とくに
立春の先日の称。この日の夕暮,柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立て,鬼打ち
豆と称して炒った大豆をまく習慣がある”
というのが節分の説明である。
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柊の枝に鰯の頭を刺して戸口に立てるのは悪鬼を追い払うためのまじないである。
しかし,なぜ鰯や柊が悪鬼を追い払うのだろうか。
鬼は鰯のにおいが嫌いだからという説がある。また,干し固めて尖った鰯や柊の枝
で鬼を脅かすのだという説も聞いた覚えがあるが,どうも説得力に欠ける。
まじないだから,もっぱらそう信じていればいいのかもしれない。まさに“鰯の頭
も信心から”である。
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しかし話は逆で,このことわざこそ節分の風習に発しているのだが,由来のはっき
りしないつまらないものでも,それを信じる人には尊い神仏に等しい存在になる,鰯
の頭も信じればこそ,というのだから,けっきょく昔からなぜ鰯の頭なのかという肝
心な点は,わからなかったにちがいない。
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豆をまきつつ朗々と“鬼は外,福は打ち”ととなえる声が,以前は近所の家々から
聞こえてきた。わが家では,小さい子どもたちにせきたてられて豆をまく。窓やドア
を開け放って“鬼は外,福は打ち”と大きな声を出すのは気恥ずかしい。
まくのはそもそもは米・麦・粟・豆・黍などの五穀だった。それが,いつのまにや
ら豆,つまり大豆だけになったらしい。農耕民族のあいだでは豆に神秘的な力がある
と思われていたからだ。
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まいたあとで歳の数だけ豆を食べるのも,考えてみればおもしろい。まめに尽くす,
まめに働くという言葉に象徴されるように,豆は誠実・忠実や勤勉,さらには健康な
どに通じる。その豆を体にとりこむのだ。しかし,なぜ歳の数だけなのか。
むやみに食べるより,そのほうがもっともらしいからと勝手に解釈してみる。そう
すると,お年寄りがたいへんになる。一粒を十歳と数える便法を知らないと,テレビ
のコマーシャルでおなじみの双子の老姉妹きんさん・ぎんさんなど,おぼつかない歯
で百粒もの難い豆を食べなきゃならない。
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節分の翌日は立春。小林一茶の句に,
春立つや愚の上に又愚にかへる
がある。旧暦では立春と元旦が前後し,正月がくると,ひとつ歳をとった。いわゆ
る数え年である。
満年齢のいまでも,新年を迎えると愚を重ねるようにまたひとつ歳をとるという感
慨がなくはない。ただ,新暦では元旦に新春をことほぎ,立春にまた春を迎える。実
際の気候はおいて,それだけ春が永くなったのだと捉えればうれしくもあるが,一茶
の“春立つや”の句を味わうには残念ながら感覚がずれてしまった。
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二月八日は針供養。十二月八日におこなう地方もある。折れたり曲がったりして使
えなくなった針を豆腐やこんにゃくなどやわらかいものに刺して労をねぎらう,思え
ば心やさしい行事だ。
ひごろ働きづめの女性が骨休めする日でもあったという。現代の女性には縁遠くな
ったようだ。女性の労働が減ったなどというのではない。電化や男女の家事の分担化
などのために家のなかの労働に縛りつけられる時間はたしかに減ったが,そのぶん経
済的な自立をめざして外に働きに出る女性が増えた。それらの結果として針をもつ女
性の姿をみることが少なくなったのだ。
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このまえ,ぼくはボタンをつけかえようとして針を指に刺してしまった。針供養で
はなく,指供養をしなければならない男も増えている。
いつしかに失せゆく針の供養かな
松本たかしの句である。
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初午は二月最初の午の日に農耕や食物の神である稲荷にもうで,稲荷の使いの狐に
油揚げを供える行事だ。ことしは十二日がその日である。
“名物は伊勢屋稲荷に犬の糞”といわれたように,江戸では稲荷信仰が盛んだった。
それが維新の開化ですたれ,戦争ですたれ,戦後の高度成長と現代化の波のなかで,
さらにすたれた。いまでも町の思いがけないところに小さな祠があるのをみかけるこ
とがある。そのかたわらを人びとは足ばやに通り過ぎてゆく。
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――まさに足ばやに二月の行事をみてきた。日本の伝統行事ではなく季節とも関係
はないが,大事なものをひとつ忘れていた。十四日のバレンタイン・デーである。西
洋伝来のこの行事は,日本古来の行事とは裏腹に,近年だいぶ盛んにおこなわれてい
る。
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セント・バレンタインの生涯ははっきりしないらしい。ローマ・カトリック教会の
聖者で,三世紀のある年の二月十四日に殉教をとげている。稲荷信仰が衰え,伊勢屋
が象徴する商魂がたくましく栄えた日本で商業ベースのセント・バレンタイン・デー
は盛んでも,肝心の殉教の意味など,だれも話題にしはしない。
日本古来でも西洋伝来でもいい,もう一度立ち止まって伝統的な行事の意味を問い
直してみるべきかもしれない。(『市ヶ谷発』第6号・1992年2月25日発行)
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