牡丹餅あれこれ

吉田 仁

  毎年よ彼岸の入りに寒いのは
 正岡子規の句――というより,母親のなにげなくつぶやいた言葉が句になっている のをおもしろく聞いた子規が,そのままを書き留めたのである。

 お彼岸といえば牡丹餅だ。
  病牀に日毎餅食ふ彼岸かな
 子規の一九〇一年(明治三十四)春の句。重い結核で病牀に縛りつけられていた子 規が健啖家だったという話はすでに書いた。彼岸のころの彼は毎日いくつも牡丹餅を つめこんでいたのである。

 自家製の牡丹餅を隣り近所に配るという習慣は,いまはみられない。秋の彼岸のこ とになるが,友人から牡丹餅をもらった子規は,『仰臥漫録』という日記風の随筆の なかで,こう書いている。
 “此方よりは菓子屋に誂(あつら)えし牡丹餅をやる。菓子屋に誂えるは宜(よろ) しからぬことなり。されど衛生的にいわば病人の内で拵(こしら)えたるより誂えた る方宜しきか。何にせよ牡丹餅をやりて牡丹餅をもらう,彼岸のとりやりは馬鹿なこ となり”(一九〇一年九月二十四日の項)

 この文章に添えた句がある。
  お萩くばる彼岸の使(つかい)行き逢ひぬ
 気になったのは,文章のなかで“牡丹餅”と書き,俳句のほうでは“お萩”と記し ている点である。
 “お萩くばる”は字余りだから,もう一字増えても“牡丹餅くばる”としたほうが 本文との平仄(ひょうそく)が合ったのではないだろうかと考えるのだが,そんな愚 考はさておいて,どうやら子規は牡丹餅とお萩をを同じものとしているようだ。この 牡丹餅とお萩,果たして同じものなのだろうか。

 調べてみると,これがじつに諸説ふんぷんなのである。
 まず,もともと同じもので,製法や形に若干の違いはあったとしても特に言い分け られたものではないという説。
 つぎに,同じものだけれど,ボタモチという響きを嫌った和菓子屋さんなどでは, いつしかお萩としかいわなくなってしまったという説。このへんの機微をうがった春 重の句を掲げておく。
  萩の花ぼた餅の名ぞみぐるし野(や)
 また,春は牡丹餅と呼び,秋にはお萩と呼ぶという説もある。たしかに秋の呼び名 としてはお萩のほうがふさわしい。牡丹はといえば季は夏。それでも寒牡丹もあるか ら,まあ,春の彼岸にはふさわしいといえる。
 製法の違い,見た目の違いを説く説もある。

 お萩は蒸したモチ米をそのまま使う。煮た小豆を粒のままつけたところが萩の花に 似ているので名も萩の花,あるいは萩の餅で。お萩は略称。
 牡丹餅のほうは蒸したモチ米をかるく潰して使う。餡をぬったところが牡丹の花に 似ているからボタンモチで,短くしてボタモチと称する云々……
 どうやらこれは,しろうとには決着をつけかねる古来の大問題のようで,ぼくも頭 が痛い。

 面倒な蘊蓄はともかく,茶受けにもっと単純でおもしろい話はないのだろうか。
 こんな話はどうだろう。金田一春彦は『ことばの歳時記』という本のなかで,おお よそ次のような民話を紹介している。
 ある山深い村でのこと。一夜の宿を得た気の弱い旅人が,その家の年老いた夫婦が ひそひそと話す声を聞いて泡を食って逃げだした。
 そのひそひそ話とは,
 「今夜は手打ちにすべえか」
 「うんにゃ,半殺しにすべえ」

 あとでその顛末を友だちに話したところ,それは手打ち蕎麦にしようか牡丹餅でも てなそうかという相談だったのだと教えられて,早とちりを後悔した――。
 製法の違いのところで触れたが,牡丹餅はモチ米を蒸して半分ほど潰す。これを “半殺し”という。
 先日,ぶらりと葛飾柴又の帝釈天を歩いた。蓬餅(よもぎもち)を餡でくるめた草 団子が名物である。これも牡丹餅の一種だろう。

 ご存じ『男はつらいよ』,フーテン寅さんのオイチャンのうちも団子屋である。  一九六九年(昭和四十四)公開から四半世紀。映画の“とらや”は,なぜか途中で “くるまや”と屋号をかえた。現実の帝釈天を歩いてみると,“とらや”の看板を掲 げた店が存在する。これはどうやら映画にあやかってつくられた急出来の店のようだ。 セットのモデルになったのは亀屋という店で,こちらもとっくにビルに建て替えられ, “とらや”の面影は消えている。

 代わりに草団子を商って百余年という老舗の高木屋に入ってみた。古いつくりの落 ちついた店で,ここを訪れた『男はつらいよ』歴代の出演者たちの写真が額に入って ずらりと壁に並んでいる。ロケのさいに撮影スタッフや俳優が休憩所として利用した らしい。

 草団子と焼いた醤油団子を頼んでから,腰かけてゆっくり写真を眺めたり,外の参 道をゆきかう人たちを暖簾越しに見るともなく見ていると,寅さんがひょいと顔を出 しそうな気がしてくる。
 店の奥から団子を持ってきてくれたのはさくらさんかと振り返ったら,そこにはウ バ桜がいた。失礼――

 いやいや,“姥桜”はけっして礼を失した言葉ではない。辞書をみていただきたい。 たとえば『広辞苑』には“娘盛りが過ぎてもなお美しさが残っている年増。女盛りの 年増”と説明してある。
 とはいっても,やはり辞書的解釈と異なり,現在では姥桜などと呼ばれて喜ぶ年増 の女性もいないだろうから,ここは単純素朴におばさんと言い換えておく。

 渋茶をすすりながら,しばしの下町情緒にひたる。
 「このへんではお彼岸に,春の蓬を搗きこんだ草団子も配りましたよ」  とは,このおばさんに聞いた話である。(日本能率協会マネジメントセンター『マ ネジメント21』1993年3月号)