古澤元とその文学

吉田 仁

沢内は岩手県南部、奥羽山脈を挟んで秋田に近い。冬は豪雪に覆われ夏は豊かに瑞穂 が実る。江戸期には幕府の目を逃れて隠し田として南部藩に重視された。沢内甚句で も知られている。

本書の主人公は1700年頃に近隣から沢内村に移住した古澤家の九代目にあたる。 沢内に生まれ育ち、旧制盛岡中学を経て仙台の二高を非合法活動を理由に放校された のち、上京してプロレタリア文学運動の機関誌「戦旗」の編集に携わる。

さらに武田麟太郎の「人民文庫」などに参加して小説・評論を数多く発表するが、戦 争末期に応召、敗戦直後にシベリア抑留中に病死した。

この古澤元の一粒種として東京に生まれ育った筆者は書いている。”歴史は敗者に とって残酷で、覇者の歴史しか後世に伝わらない”と。これは文学史的にいえば不遇 だった父に関してのコメントではない。沢内屈指の豪農が明治大正という近代化の波 に乗って鉱山事業に手を染めて破産。その陰から飛び立った青年作家が戦争の渦に没 するという三〇〇年にわたるドラマを跡づける筆者の目に、最後の朝敵として裁かれ た南部藩や白河以北一山百文と蔑視された東北の歴史の実相がみえてくる。そこにこ の言葉が書き留められる。

戦前・戦中に流布した”正史”の皮相性や封建遺制の超克のために古澤元は水戸学の 藤田東湖や「古事記」にさかのぼって独自の史観を模索したが、その作業は徴兵と戦 病死によって永遠に未完に終わった。

著者はその父の伝記を書くことを通し、既成に歴史におもねない、みずからの史観を 得ようとしているようだ。まさに父の魂を鎮めるふさわしい作品であろう。