暗がりへの愛惜

吉見 正信

本庄陸男の代表作「石狩川」を調べるために、苦労してその連載誌『槐』全冊を手に 入れた。その連載第一回は、『槐』第一巻第三号(昭一三・九)からであった。

ところが、表紙に刷られた目次には、一番大きい活字で「石狩川(第一回)本庄陸 男」とあり、それと肩並べて「鴬宿へ 古澤元」とあるのが目にとまった。私も気に 入っている鴬宿温泉の名と、昭和文学の年表や『日暦』『人民文庫』誌で見知ってい た《古澤元》という作家の名前とのセットに、「おやっ?」といぶかしみを覚えたの である。

それがきっかけで、少し経ってから「石狩川」とは別に、「鴬宿へ」という作品名に 興味を覚えて、はじめて古澤元の作品を読む機会を得たのだった。昭和三十四年夏で ある。

好感が抱ける佳作の読後感もさることながら、作品「鴬宿へ」の冒頭部の「どこかで 雷がまだ鳴ってゐた。稲光のするたび、まっ暗な山峡の遙か遠くに、もう名前は忘れ て了った背骨の尖い山が、墨絵のやうに浮き出された。十数年ぶりに、踏んだ東北の 郷里である。・・・」とある文章に釘づけとなり、感興つのる衝撃を覚えた。「何だ  古澤元は岩手出身だったのか?」とつぶやきながら。

作品末にも「−付言、これは去年の夏のはじめの帰郷記である。事変最初の動員令を 私はこの山の湯できいたものであった。小説的に云へばこの文章の末尾に、その夜半 役場の人達が赤い紙の配達に右往左往してゐるのを見たと書きたいところだがー」と あって、私は古澤元の存在を、しかとそこに確認した。わけても、「小説的に云へば ・・・・」以下の文章に潜んでいる、まさにその郷里にかかわる古澤元の内なる奥行 をである。それを作品的に例証すれば、短編「馬を売る日」で云い尽くすことができ る。

なぜなら、この素材はしきりと古澤元作品として反雛・改稿され、作者としては簡単 には手放せない、愛惜しきりの作品だからである。というのも、在京岩手出身の文学 グループによる同人誌『九月』(昭九・五)に発表されたこの作品「馬を売る日」 は、「びしゃもんだて夜話・その三」とされた作品だった。だがそれは、『アサヒグ ラフ』(昭八・一一)にすでに発表された同題名の「馬を売る日」の改作にほかなら なかった。その二作の関係について、発表誌『九月』の「後記」には「馬を売る日] は嘗て『アサヒグラフ』に発表したものだが、気に入っている小品だからといふので 改作してきたものだ。不勉強のためではないと弁明してゐる,と編集子の記事が見ら れている。

ところが、この編集子も知らないこととして、「馬を売る日]二作品は、もっと深く その郷里に根ざし、《一九二九年》(昭四)にスタートしているのだった。それは、 数名の文学仲間と手書きで書き込まれたノート一冊の回覧雑誌『MARIONETT E』(一九二九・三)における、「創作短編 秋−[上篇一齣]秦巳三雄」としてで ある。おそらく處女作とされるこの作品において[上篇一齣]とあるごとく、すでに のちの「馬を売る日」二作品は予告され、構想されていたことが反証されよう。

作者として「馬を売る日」を「気に入っている」と告白する内側には、そうした奥行 きがあり、どうしても手放せなかった故郷沢内村という、文学空間が存在したのだっ た。そして、『九月』誌上の「馬を売る日」をもって、自らの《定稿》と書き入れて いる。

物語は、故郷の沢内村での馬の市日を舞台にして、満州に兵隊として息子をとられ、 骨壷で返された村の馬車曳きを主人公にしている。そんな主人公はさらに、息子の形 見にも等しい二歳駒まで、「軍馬御用」で買い叩かれ、生きる道を断たれ首吊り死に 追いこまれてしまう悲話である。

また作品は、馬車曳きを死に追いやる時代に手を貸す衆愚、それをかばってやる人情 厚い素朴な隣人たちを、豪雪地帯の貧しい山間僻地の世相として、焦燥を押し殺して 見据えている。馬市という祭りの喧騒の底の暗がりにーー。

   「創作短編 秋」は、《秦巳三雄》名であり、それは翻訳・評論によって『戦旗』に 登場した古澤元のペンネームである。

してみると古澤元の故郷の“暗がり”は、「小説的に云へば・・・」の文学空間とし て、一九二九年(昭四)の「秋」から、険しいプロレタリア文学運動を駈け抜け、一 九三九年(昭一三)の『槐』ころまでに及ぶ執着だったことがわかる。そのくらい に、どうしても目を外らすことができなかった、古澤元の起点にほかならなかった。

そんな古澤元の“暗がり”を知った遭遇は、それへの再評価を折りにふれて心がけな がら、私の中でははやくも四十年の時の間が流れ断続した。その間、古澤襄編の「び しゃもんだて夜話−古澤元・真喜遺稿集」(昭五七・三信図書)、そして古澤真喜の 伝記小説、一ノ瀬綾著「幻の碧き湖」(一九九二・筑摩書房)が出された。

そしてついに、古沢襄著「沢内農民の興亡−古澤元とその文学」の刊行が実現した。 本書にまとめられた成果は、今日の沢内村の歴史に加えられ寄与するところが大き い、貴重な労作文献でもある。したがって本書はまた、父祖代々からの血脈をつらぬ いて流れるものを、古澤元・襄父子の授受として、ロマンに乏しい故郷にそそぎ、か ぎりない愛惜とその“暗がり”を解き明かした営為の証にほかならない。

本書によって、岩手文学史においても、古澤元はまぎれもなくよみがえったが、いま その感懐は私にとっても深くつきない。