矢島氏の私信に新たな情報



さて矢島氏の「皇居にホタル飛ぶ」を読んで驚いたことは、蛍の献上地が 私の調査している滋賀県守山市だけでなく沢山あったということです。
孫引きの『天皇と生物学研究』(田中徳著)によると、献上地は岐阜、京都、 遠くは九州から献上されていたと書いてありますが、これは大変な驚きで した。滋賀守山産の献上数だけでも大変な頭数ですから、全国各地からの 献上頭数を合わせましたら、どれだけの蛍が皇居へ向かったのでしょうか。 前号で滋賀守山産の献上蛍をまとめた段階で、おおよそ解明したと一人合 点をし、次ぎのテーマ「教科書にあらわれた蛍」のため資料探しを考えて いましたが、まだまだ早いようです。手許に田中徳氏の『天皇の生物学研 究』もなく、他の献上地の資料がないため手詰まりの段階ですが、ヒント というか、新たな情報が矢島氏の私信のなかに書かれていました。

「この中に書いてありませんが、宮中への献上蛍は京都御所にある宮内庁 出張所が受つけ、そこから皇居の宮内庁本庁へとどけられていたという事 で、関西各地の蛍が集められたようです。ただ昔から守山には沢山の蛍問 屋があり、全国に売っていましたから、ここのものが多かったようです。」 矢島氏のお手紙を読み、新しい献上地の手がかりは、京都にあるように直 感しました。また田中徳氏の著作にも鍵があるようです。

話は変わりますが今年の6月16日名古屋市科学館で「ヒメボタルサミット in愛知」が開催された。その目玉として「ヒメボタルの魅力」と題して、 蛍の研究家として著名な大場信義氏が講演された。いま話題のDNAを駆使 し、日本産ヒメボタルの発生と伝播の過程、そして新たな分類の枠組みな ども視野に入れているのかなと、思われるようなロマン溢れる素晴らしい 講演だった。私も大場氏から、DNA解析用に知多地域のヒメボタルのサンプ ルの提供を依頼されているのですが、さてその話はさておいて、このDNAが あらたな献上地特定の有望な武器になることを、矢島氏のお手紙で知りま した。前出の私信に続きます。

「近年、蛍が産地によってDNAが違い、発光パターンが違うことが分かりま した。従って関西のものを東京にもってくるのは、いけない事になりました。 従って皇居の蛍(わずかに残っていたと思っています)は殆ど西日本型で、今 では、あってはならない事ですが、昭和天皇のご存命中はこの点が知られて いなかったので、やむをえないと思います」と、ありました。

2002年9月21日、第3回日本ホタルの会懇話会のテーマは「ホタルの遺伝 子をみることの意味」との案内が届いたのですが、新世紀のいまや疑問の解 明の宝刀はDNAという代物。明智小五郎よろしく、虫メガを振り回していて は、なかなか事実は遠いようです。最後に矢島氏の私信をもってこの項を終 わります。 「私は昭和47年から皇居の蛍の復元に努め、既に30年間経ちま したが、昨年も1100頭以上羽化していて、東京の中心で蛍は定着してい ます。今の両陛下も発光の時期にいっしょに御苑の中でご覧いただき、私が 解説しています」。   
 

 
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