恋愛のピークと妻の死

 妻の葬式は、無宗教で自宅で執行した。読経もなく、戒名もなく、好きだった 「夕焼け小焼け」と「人生いろいろ」の歌で送った。ここから出してやれたこと は、よかったと思う。彼女の希望通りだったから・・・。
 妻は私を送ってから逝きたかったらしいが、それだけは叶わなかった。弔問に 訪れてくださった1000名近くの皆さんには、ただただ、そのご厚意に謝する のみである。

 私は今、貞子と結婚して、ほんとうによかったと思っている。
 考えてみれば、不思議な縁である。結婚するときが「恋愛」のピークだったわ けではない。むしろ、淡々としたものだった。それが、結婚してから、こんない いところがあったのか、あんないいところがあったのか・・・。そうやって一つ 一つ気づかせてくれた。新しい発見の連続だった。

 その静かで穏やかな二人の「恋愛」のピークは、貞子が死ぬときに訪れた。結 婚したときに端を発した、ゆるやかな恋愛上昇曲線の最高到達点は死ぬ間際。私 に笑ってくれた瞬間だった。
 私ほど幸せ者はいないかもしれない。
 ありがとう、貞子。ありがとう。

 おまえが最期に、すばらしいプレゼントをくれて死んだもんだから、私はなか なか立ち直れそうもないよ。私の霊界研究には一切関心を示したことがなかった おまえだが、今、どうしているのか。私は感じたり見えたりしないけれど、周り の人が次々と霊界通信を届けてくれている。三十歳ぐらいの髪の長い姿で現れた と聞いた。通信はことごとく明るい情報ばかりだから、安心しているよ。

 今頃は、棺の中に入れたダンスシューズを履いて、踊っているのか。外出用と 普段ばきの靴も入れておいたから、あちらで困ることもないだろう。思う存分、 のびのびと歩いたり走ったり飛んだりと楽しんでくれ。私も近いうちに行くから ね。それまで、しばしのサヨナラ、だ。

 

 
杜父魚文庫