焼酎だって坑内で飲んだらうまい



「先山(さきやま)という言葉知っているか、切り羽に向かって掘る人のことだけ ど、太平洋炭砿では班長のことだ。切り羽では先になって掘るのが、『なかさき』 といった。
マァー先山の補助役だな。先山は『なかさき』の後ろについて棒を持っている。 夢中になって掘っている、『なかさき』が危ないと思ったら、先山が後ろから棒 で『なかさき』のヘルメットを叩いて、危険を知らせるんだ。なにせ削岩機を使 っていると音がうるさく、聞こえないからな。掘り方は炭層によって変わるから、 技術と経験が必要だった。発破で平均1m少し崩れたものだ」

「削岩機は圧縮した、10kg圧だったかの空気、エアーを使っていた。削岩機は重 くて、それを一人で運搬しなければならなかったから大変だった。掘り崩された 石炭はロッカーシャベルでベルトコンベアーに乗せ、それから台車に入れられバ ッテリカーで運搬されるが、あとはゆうべ話したとおりだ」

「トイレ、そんなもの坑道内で適当よ。先山たちが掘り進み、崩した石炭を片付 けたあとに、落盤防止に1mおきに鉄製の枠を組み立てるんだ。俺たちは『くちつ け』といっていたが、坑木(丸太)を鳥居状に組んだものも有ったが、アイビーム といってレールを半円状に曲げたものを使った枠か多かった。枠は3個で一組と なっていた。はじめ両はじに『足』とよばれる真っ直ぐな鋼材をたてる。そして その上に同じく鋼鉄製の半円状の『管材』(かんざい)とよばれる120から130Kgも の肩で持ち上げ、『足』の上に掛け声かけて乗せ、一人が枠をささえた。その間、 残りの人が『管材』と『足』との接合面の、おのおの四個の穴が開いたところと、 同じく4個の穴の開いた『ペース』とよぶ二枚の鉄板を合わせて挟み、その穴に ボルトを差込み、カシメて一丁出来上がりだった。これらの仕事をする作業者を 『掘進工』(くっしんこう)といった。4人1組と6人1組があった」

「枠は4mの高さがあった。1mおきに枠が立ったら、枠と枠との間に『矢木』とい う板を枠間にいれて盤圧による落盤を防いだ。作業道具はのこぎり、手斧(梅庭さ んは手まさかりと呼んでいた)、モンキースパナ、それと弁当と水を持って行けば 万全だ」
「坑内では機械小屋というのがあって、とにかく頑丈に作ってあったから、休憩 時間になるとなかで寝ッ転がって休んだものさ。ラジオも聞けてアースを線路か らとっていたな」

「太平洋炭砿の採炭場は海の底だ。太平洋炭砿は、俺がいた昭和41年頃で、坑口 から海にむかって直線で7kmの地点の下が採炭地で、一番深いところで海面の下 480mのところを掘っていた。このあたりがよその炭坑とちがうところかな」。 「こんな特殊な坑道だから、坑内の換気用に風管というのが張り巡らされ、ブロ アーという巨大な扇風機で風を送っていた。その風量は強く風管の前で寝ている と、つい転がってしまうくらいだ。また、甲種炭山といってもガスが出ないわけ でなく、ガス濃度が(Co濃度)25ppm以上になると退避さ」

「今晩の最後はこれだ」といって、梅庭さんは備え付けの整理棚の引き出しを開 けハイライトの箱をみせた。
「他の炭鉱はどうか知らないが、炭鉱はタバコを持つての入坑は厳しいんだ。入 坑口には操業繰り込み所という建物があって、坑人事課の連中が入抗者をチェッ クするんだ。もっとも、彼らは偉そうにしているけれど、ほとんど坑内で怪我を した連中ばかりの集まりでなー、きず者ばかりだ」と片目をつぶった。

梅庭さんはにやにやしながら、続けた「坑人事課の連中にタバコを見つかると罰 則があってなー、初犯はタバコ取りあげのうえ、翌日は入坑禁止だ」
「2回目、2回目は入坑禁止3日。3回目は入坑禁止5日。4回目は入坑禁止1週間。5 回目でクビ、解雇だ。坑人事課の連中はタバコ検査のほか手帳、ヘルメット、ズ ボンの裾などを重点的にチェックしていた」
そこで「梅庭さん、タバコ好きなようですけれど、掴まったことありますか」と 聞いてみた。
「最初、なんの気なしに胸ポケットに入れたまま入坑してな、それが癖になって イタチごっこさ。次はヘルメットの中に隠した。これはなかなか見つからなかっ た。ところが、真似る仲間が多くてな、でも一人見つかったらもうすぐお仕舞い だ。意外だったのが後ろのポケットだった。でもクビになるのが怖いから、3回目 でヤメタ」

そこでまた聞いてみた「炭鉱って炭塵爆発などあり、火気厳禁ですよね、坑内で タバコ吸って大丈夫ですか」
鷹揚な梅庭さんの返事はこうだった「だから甲種炭山なんだよ。坑内は空気が薄 くタバコが上手いんだ。俺は酒をあまりやらないが、焼酎だって坑内で飲んだら 空気が薄いせいか回りが速くうまいんだよ。当時は水筒なんてなかったから、飲 み水はみんな2合ビン、4号ビンに入れて手に持って入坑したものだ。酒の好きな 奴は水代わりに焼酎を入れてくる奴もいた。仕事にならないほど飲む奴はいなか ったがね」
 

 
杜父魚文庫